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2021年09月14日23:16

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私は何故皇室が必要だと考えるのか

皇室に関しての想いは、最も交わる事が無い。と、そう考えていますので、私の考えている事を一方的に書かせて頂きます。ご笑覧下さい。

現状の日本で、大切だと考えられている事について、極論を含みますが先ず書いていきます。
1・自由について
極論すれば、殺す奪う犯すの全ても認める事が、本当に自由を認める。という事になります。
私達人間は、実行するかしないかの違いは有りますが、そんな感情や考えがヨギル瞬間は持っていると思います。
が、民族や国家の歴史、慣習に宗教、倫理観等で、この自由は制限されて来ました。
それが法律であり、民族的無意識とも言える、常識と言われる存在が法を補助します。
つまり、完全な自由は無い。という事になります。

2・平等について
地球上の生物の全てが、平等では無く、不平等な中で生きていますし、時間軸を拡大して語るならば、宇宙の全ても平等ではありません。平等とは、私達の観念の世界にのみ存在する。と認識しなければなりません。
私達が平等を語る場合、不平等が基本であり、それを如何に埋めるのか?という認識から始める必要がある。という事になります。
唯一、不完全な形ではありますが、民主主義国家と言われる国家では、法の下での平等が保証されている。という事になっています。が、それは権力の恣意的な運用により、簡単に覆りますし、忖度により、中々権力者には適用されません。故に、不完全な形だという事になります。

3・民主主義について
民主主義とは、多数決を善とするだけのシステムです。現在の日本で行われる自民党の総裁選も、この原理に従って実行されます。
専制君主制や独裁制に比較して、平和的に権力の委譲が可能という事だけが長所です。
国民の声を聞く事を最優先すれば、様々な意見が乱立し、収拾が着かなくなり、結果として何も決められない。という事もあり得ます。ですから多数決を善とするわけで、金科玉条とするような、完全無欠のシステムでは無い。という認識が必要です。
少しでも完全に近付けたいなら、民主主義の名の下に権力を得た人間達を、平和裡にそして速やかに交代させるシステムが必要だと思います。
私達は、政権与党が、いとも簡単に選挙公約を廃棄し、逆の事を行う姿を見て、憤慨して来ました。しかし選挙が無ければ何も出来ないのが現状です。それに対する答えを私達はまだ持っていません。

4・人権について
1・2・3で書いてきた事を基本として、国家民族が各々で人権の範囲を決めていますから、人権とはお国柄で決まると言えそうです。
その中で唯一の共通項として存在するのは、人々の生きる権利だけで、其さえも危うい国家もあります。
信教思想の自由は、宗教国家ならば当然ながら制限されますし、司法も、裁判のシステムも国家により異なります。
つまり人権とは、法が定めた範囲だけに存在する。という事になります。

このように書いて来た理由としては、世界に普遍的な何かという物は無い。と、いう事を、皆さんに示したかったからです。
自由には責任が伴います。しかし、それを強調する新自由主義の考えは、平等が存在する事を前提にしている限り、誤りだと理解出来ます。
又、これらは全て、互いに絡みあっている事も判ります。
そして、全てが完全無欠では無いからこそ、個人の意識の持ち方で、簡単に差別が生まれる。と理解も出来ます。
十人十色とか百家鳴争は、それこそ人類が考える葦で有る限り、永遠に続くという事になります。
ですから自分の意見を押し通すのでは無く、他人の意見、少数の意見も聞く必要が有るのです。
それを辛うじて実行しているシステムが民主主義ですが、先に述べたように、結局は多数決に行き着くわけで、その多数意見が正しいのかどうかは、また別な問題を生む事になるのです。
以上の事柄を前提として、私は一方的だ。と、お断りをして、私が考える天皇論を書きたいとます。

1・国家民族、人種が存在する限り、日本は国家として独立を保つ為にも、日本の歴史や習慣、それに根ざす無意識的な思考の傾向等の象徴として、皇室は必要なのです。
国家や民族・人種という考え方が古い。私は世界市民だと言う方も存在しています。がそれは個人の意識の範囲であり、現実には外国旅行の際には旅券が必要ですし、貴方は世界市民ですか?と他の人に声を掛けてはいないと思います。つまり、自分は世界市民という意識を持つ進歩的な人間なんだ。という自己満足に過ぎないと考えます。それは最も重要な事ですが行動が足りないから………
私はこうだ!とアピールする事が多い人間は、得てして口先だけの事が多く、言わないで実行している人こそ、私は本物だと思います。
話が少しそれましたが、現実を直視して、それを少しでも理想に向けて変えて行く。そんな努力が出来る方に向けて書いています。天皇が必要だと何故私が考えるのか、以下にその理由を書いていきます。
2・名家名族、老舗に家元等の存在は、庶民の私達に安心感を与えてくれます。それは長い年月の間、信用に応える商売や生活を続けてきた。という実績があるからで、その伝統や実績の頂点が皇室という事になります。
そして伝統が持つ安心感は、権威にも繋がります。
3・権威とは
面白い物で、私達の観光バス運転手業界では、権威は存在しません。権威が存在するのは、学問の世界のような、目に見えない部分を多く含む分野です。そしてこの権威の分野でも皇室が最高位です。
日本では、長らく権威は権力と分かれて存在していましたが、明治維新から80年ほど、権力と権威が一体化した時代がありました。が、現在は又分離しています。そしてこれまで述べて来たように、権威の頂点が皇室・天皇です。
例えば、何らかで表彰されると考えて下さい。
賞の名前は同じでも、〇〇協会長より知事、知事より大臣で、大臣なら総理大臣からという方が賞の権威、有り難みが異なります。そして日本ならば、天皇からが最高位だと感じる事でしょう。
天皇制反対の方でも、その賞を受けるか受けないかは別にして、内心では満足感を得る方が多いと、私は考えます。
ノーベル賞は、過去の功績が重視されますが、やはり権威があり、学者の目標でも有り続けるわけで、権威とはそれだけの重みがあるのです。
4・平和と非暴力
世界では今現在でも、何処かで戦闘地域があり、何処かで暴力を受けている人達が居ます。平和と暴力反対は、内心はどうであれ、全員が口にする言葉です。
しかし、前に述べたように、世界はそれを1日たりとも実現した事はありません。
国家は、国民の安全確保の為に、警察という組織を運用していますが、警察とは国家が認める暴力に対抗する暴力組織でもあります。が、必要な事は国民全てが納得しています。勿論、犯罪に対抗する組織でもあります。
この警察組織が、対外国との争い・戦争に対する場合が軍隊という事になります。
そして、この戦争という事になった場合に、誰が宣戦布告をするのか、誰なら自衛隊の士気が上がるのか?という問題が生まれます。
今現在ならば、菅首相でしょうか?
私は日本の歴史と精神風土からは、天皇の詔書が相応しいと思います。但し、これは戦前への回帰という意味ではなく、このような最悪な詔書を天皇に出させない。という意味を含めて、なのです。
明治から終戦までの期間を除いて、皇室は計6百年近く、権力の無い権威として過ごして来ました。そしてその殆んどは、祈る存在としてです。
それを改めて、平和を祈る存在として規定する事です。
平和の象徴が宣戦布告をするとしたら、これは悪い冗談ではなく、国際的な恥です。
が、その為に必要な事は、天皇が国民の安心と安全の祈りの象徴であるという、共通認識が存在する事が前提です。
日本という、権力と権威が並立した歴史が存在する国だからこそ、これは可能な事なのです。
5・名誉と誇り
これも様々な議論を呼びそうな問題です。が、敢えて人間としての………と書きます。
信・義・孝等の並べますと、古い倫理観かと思われるかも知れません。が、人間としての倫理は、古いとか新しいとかは無関係だと思います。
そして、人としてこれらの倫理を守る事が、誇りである人生でありたいと思います。
私事になりますが、私はダブル不倫を繰り返して来ましたから、その部分では全くのダメ人間です。しかし、だからこそ、それ以外の部分では、真摯に向き合って来ました。
騙すより騙されろ!で知りながら騙された事も有ります。それは愚直な生き方を選んだからでもあります。不倫をしていたら愚直では無い!と弾劾されても、だから依り愚直に生きて来たのです。
それが私の誇りであり、名誉とは無縁ですが、こうして書いているバックボーンになっています。そして、自分の何らかの行動が皆さんの利益になるなら、それも誇りです。
名誉は、誇りを持って生活を続け、それが周囲に認められる事だと考えています。
勿論、権威からの表彰も名誉ではありますが、それ以上に名誉なのが、周囲から認められる事。という共通認識が出来たら世の中変わります。

私は、天皇の直属という形での、権力から切り離された機関の設置を唱えて来ました。
17年10月12日の『私の理想の未來の日本』をご覧頂きたいのですが、此処に書いた事は、その前提になる事です。
議会制民主主義を少しだけ改革する方法として、何回か書いた事の下敷きですが、その思考の源だとご了承下さい。

以上、私の思考の根本的な部分を書かせて頂きました。
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