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2021年02月03日16:53

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ジャパンアズNo1の呪い

昭和54年の大ベストセラー本に『ジャパンアズNo1』があります。当時のアメリカは、ベトナム戦争の敗戦にスリーマイル島の原発事故等で弱っている時でした。
が、マスコミや政官財界の人達は一気に慢心に流れた気がします。後10年で経済規模でアメリカを抜く。とか、21世紀は日本の世紀だ。等と言う人達も居た記憶があります。
マスコミは『一億総中流』などの言葉を流しました。私はこの時、指導者層の舞い上がった有頂天な有り様に、真珠湾攻撃後の日本海軍のようだなと思いました。
ただ、当時私は30歳台になったばかりで、知識の総量も低くいし、状況を分析する能力も殆んど無く、単に戦記からの連想ではありました。

当時は、自動車輸出の総量規制が話題になっていて、その10年前には、自動車輸入自由化で大変だと騒いでいましたから、変われば変わる物だと思い注目していたのです。
アメリカのビッグ3と言われた自動車メーカーが、メキシコ等に工場を移し、VWもブラジルで生産を始めていました。そして、アメリカ車のエンジンの中から、コカ・コーラの瓶が見付かったとか、ドアがしっかり閉まらないとかの噂に、名車のVWのビートルが、ブラジル製だけになって人気が急落していました。
『24時間働けますか』というテレビCMもこの頃です。

あの頃の世評では、欧米と日本との差は、日本の民生用技術の高さだと言われていて、日本発の新製品も多かったと記憶しています。製品の不良品発生率が、NASAの規定の1割以下だとも言われ、それが日本製品の信用を高めている。とも言われていました。

『地上げ』もこの頃から言われ始めた言葉です。そして次第に手口も荒っぽくなりました。有頂天になると同時に、拝金主義が広まって、金に物を言わせる風潮が強くなりました。しかし、東京の山谷や大阪の釜ヶ崎などは存在していましたし、中小企業の労働者は、余り豊かになった実感はありませんでした。私もしがない運転手でしたから、特に豊かになった実感も無く、かなり違和感はありました。
ロックフェラービルの買収やら、映画会社の買収やらの日本凄いのニュースを聞き、アメリカは怒るなぁ、日米地位協定があるのに大丈夫かな?という疑問はありました。
そこからが本当に悪かった。この頃がバブルの始まりであり、やがてバブルが弾けてしまいます。この期間は10年ほど、自動車メーカーはアメリカにも進出し、確かに日本経済は絶頂期だったとは思います。が、バブル崩壊で暗転します。それは平成になって数年の間の出来事です。
ここからは1度も好景気の実感も無く、今日まで低空飛行が続いているわけです。そして拝金主義だけはより強くなりました。

似た事象として書きます。ミッドウェー海戦敗北後の日本軍は、慎重に戦略を再構築すべきなのに、ガダルカナル島に侵攻し飛行場を造り、その争奪戦に破れてからは坂道を転げ落ちました。
この原因は、真珠湾攻撃の英雄・山本五十六連合艦隊長官に忖度し、海軍が敗北を隠蔽して、陸軍にも真実を伝えなかった事にあります。
日本には、海軍善玉陸軍悪玉論と、山本五十六崇拝論が強く存在します。が、山本五十六がミッドウェー海戦の前、愛人にミッドウェー攻略作戦を漏らしていた事等は、慢心と驕り以外のなにものでもなく、いや、それ以前に作戦の最高指揮官として絶対にしてはいけない事なのです。
それだけではありません。山本はミッドウェー敗北以前には、勝っても負けても、その情報は国民に正しく伝えるべきだ。が持論だったのです。それを反古にし、大本営発表が嘘を発表する端緒を作りました。彼はこの嘘の発表に抗議もしていないのです。
これは、安倍・菅政権とそっくりだと私などは思えます。
新潟県の長岡市では、山本五十六は郷土の英雄であり、河井継之助は長岡を焼いた人間として不人気ですが、私は行動を含めて評価は逆だと考えています。日本国民が山本五十六の評価を是々非々で行わない限り、日本の国は変わらないかと思います。
勿論、真珠湾攻撃とマレー沖海戦は山本の功績ではありますが、本当に最善だったのかと考える。という事です。

ガダルカナル島の戦いも、陸軍は空母機動部隊は健在だと思っていますし、海軍が輸送に責任を持つし大丈夫だと言えば、当然ですが信じます。信じて大風呂敷を広げて、ニューギニア島にまで侵攻してしまったのです。
浮かれて有頂天の日本は、政官財界がその牽引役でした。
山手線内の地価でニューヨーク州が楽に買える。という事も言われました。そこまで逆上せ上がり国家としての戦略も無かったのは、やはり日本海軍とダブリます。

ソ連が崩壊し、アメリカは日本をターゲットにします。
バブル後の日本は、竹中平蔵がアメリカの代理人として、日本を弱らせる政策を実行します。掛け声はグローバル化でしたが、構造改革の美名の元で、日本の良い部分は破壊されます。その流れが派遣法改悪です。正社員を減らして賃金を抑え、将来の展望さへ奪い、国民の購買力を減らす政策が、簡単に実行されたのです。批判を覚悟で言えば、護送船団方式や、談合が全て悪いとは私には思えません。勿論、そこで暴利を得るならこれは悪ですが、安定した経営を可能にする常識的な利益なら、私は安定した生活の為のコストではないか?そう考えてしまうのです。

戦時中に、東条英機首相が胸を張った絶対国防圏は、ガダルカナル島に侵攻する時期に建設に着手し、早目に完成させ、食糧弾薬を確保しておくべきでした。
同じく、バブル崩壊後なら雇用を確保する意味で、談合も有りだったかと思います。勿論、製品に手抜きは許されませんが、当時の消費者は、品質に対して今以上に厳しい目を向けていましたから、談合する方もそれは自覚していていました。
談合があった時代は企業の系列が重要な時代でもありました。技術が遅れている事は、その系列の恥でもありましたから、談合しながらも開発競争は激しかったのです。
ですから、金融危機の最中に金融機関のグローバル化等はするべきではなく、危機の為に金融機関を主軸にした系列も解体し、その結果として、日産自動車の経営危機には何も出来ず、結局はルノーの傘下に入ってしまいました。そしてリストラの正当化です。

その後も、リストラは続き、派遣法改悪で派遣社員は激増します。その一方では中国や韓国に経済援助を続け、技術移転をし、企業は安い労働力を求め、国内では技能実習生という名の外国人労働者を受け入れながら、海外に工場を建設し、製造業を始めとし、国内産業の空洞化が進んでいます。それでも韓国などでは感謝もされず、完成品市場では現在もシェアを失い続けています。
そして落ち目の現在日本は、言葉だけの安倍・菅という無能政権が続いています。
これも、東条英機首相が『サイパンは難攻不落、絶対国防圏が完成している』と、胸を張った事実とダブリます。
大本営発表は勝った勝ったと嘘を垂れ流し、国民はそれを信じたがっていたのです。
現在の日本では、日本凄いという動画が溢れているのも、本当に当時とダブリます。

サイパンや沖縄、硫黄島等では玉砕が当たり前になり、インパールやニューギニア島やフィリピンでは惨敗、中国では空元気の大陸打通作戦で少し優勢という状況は、コロナ禍でも対外収支は黒字で、国内は青息吐息。国民は我慢を強いられ、倒産予備軍の企業が多い現在と、全く同じ状況ではないかと私には見えてしまいます。

歴史は繰り返すと言います。しかし此処まで似るのは、やはり日本人の国民性が原因かもしれません。
明治維新から西洋に追い付け追い越せの日本は、それが達成したよ、凄いよね。と西洋に言われると、浮かれて舞い上がり、有頂天になり、国家としての戦略等も、全く考えなくなって、ただただ、満足感だけの世界に浸って思考停止状態になるのでしょう。
日露戦争までは、日本には明らかな国家としての戦略が存在していました。方法論は別にして、それぞれが真剣に考えていたのです。
いや、戦前でも真剣に考えていた人達は居ました。ただ、残念な事に、その人達は余りにも視野が狭く独善的過ぎました。そう2・26事件の青年将校達です。
戦争に負けた日本は、極論として言えば、戦前も敗戦も無しにし、歴史として教えもしない検証もしない。でした。
何故、ジャパンアズNo1が日本を変えたのか?私はそのヒントは、戦前からの歴史の検証にあると、そう考えます。

日本凄い動画の氾濫は、そんな現状に対する自慰行為かとも思われます。
それとも、お先真っ暗な中、せめてもの明るい話題を…との政府自民党の思い遣り?でしょうか……
これも私などは、敗色濃厚な状況で、神国日本とか、必ず神風が吹くという、根拠の無い神頼みのようだと感じてしまい、余りにも似ていると笑いたくなります。

西洋とは欧米の大国ですが、最強国に誉められると、何故指導者層がこんなに舞い上がるのか?それは歴史的な背景があると考えています。

明治維新から日本は、不平等条約の改正に努力してきました。が、当時は帝国主義と人種差別主義の最盛期です。
進化論と人種差別は合体し、劣等民族を指導するという思想を生み、その思想は帝国主義の柱になっていました。日本は、日露戦争に辛うじて勝ち、不平等条約を解消し、世界の列強の一角に食い込みました。が、衰えて植民地化が進んでいた中国の大清帝国は革命で倒れ、国内は大混乱になり、それが落ち着くのは、中国共産党が勝利した1949年までかかりました。
結果として、有色人種唯一の強国になってしまいました。が、世界は人種差別の真っ最中で、アメリカではカリフォルニアで排日移民法は制定されるし、ドイツ皇帝は『黄禍論』を言い出すし、強国入りをしても腹が立つ事だらけです。第一次世界大戦後のパリ講話会議に、人種差別撤廃を持ち出しても、全く相手にされません。
そんな中でボーア戦争でイギリスの植民地になった南アフリカでは、同盟国の日本人は当然ながら白人並みの名誉白人になりました。この名誉白人は特権です。戦前の中国の上海では『犬と中国人は入るべからず』という看板があったそうですが、日本人は入れます。また、数十年前のアメリカの特に南部では『黒人は入るべからずとか乗るべからず』という現実がありましたし、南アフリカのアパルトヘイトも同じ、人種差別は当たり前の世界でした。私達の中にも、その記憶は残っています。
長い間、日本人は人種差別をされながら、名誉白人として扱われてきた歴史があり、その矛盾が、白人に誉められると舞い上がるし、落ち目になると日本凄いになるのだと、私には思えます。
真珠湾攻撃の前の作戦の秘匿が完璧だったのも、この矛盾があったから、本当に全集中が可能だったのでしょう。
ミッドウェー海戦前の緩みとは、その反動の虚脱状況だったと思われます。

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コメント

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