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2020年10月18日10:44

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霊学37 悪魔に魂を売るな!。と言われても、どうすれば悪魔と契約が出来るのだろうか?

http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=656

古来より悪魔に自分の魂を売るな!。と言われて来ました


一般的な意味は悪事に走るなとか、外道の道に行くなとか、人の身で獣と成る様な道に行くなと言う意味かと考えられます。お釈迦様の本当の悟りは【悪魔は実体を持たない表れであり、人には良心と呼ばれる神が内在】するでした。


悪魔とは魂に【良心神】を持たない表れでしかない


自分の良心神が確立されると、もう悪魔とは縁が無くなる


しかしながら、古来より悪魔に魂を売る【契約】をすると、この世で各種の欲望や望みが叶えられると言われて来ました。すると、悪魔は非常に強い神霊力を持っていることになります。


悪魔と契約を結ぶと、魂は食べられるが神霊力を持つ


その悪魔に魂を売るとは、どういう意味かとなります


キリスト教神学では、サタン(悪魔)とは【冥府の長官】だと定義しています。が、日本神道ではその冥府のことを【黄泉(よみ)の国】と言います。日本神話では神の世界と黄泉の国の境を【黄泉(よもつ)比良坂】と記しています。その黄泉の国からこの世に出て来ることを【黄泉帰り(よみがえり)】とも言っています。その黄泉帰りの霊能力者は通常より霊能力が強いことが知られています。その黄泉帰り(甦り・蘇り)言葉のそのものが【輪廻転生】を語って来ます。

しかし世界ではキリスト教徒が絶対多数で、キリスト教はイエス個人を神として崇拝に入った為に、真理にまったくうとい宗教とは言えます。


人は【黄泉の国】から、この世に【黄泉帰り】をする


そこに魂の【更生の為に甦(更生)り】もあるのです


人はこの世を去ると自分の魂の【良心】神の点数の比較で、天国か地獄かが決まります。つまり、良心神の比較である黄泉【比良坂】です。しかし、今や天国界に入れるだけの良心神の点数を持つ人は少ないとされています。今の世は自分本位とか、自己勝手で何をしてもいいの主義だからです!。そうしたスピリチュアルの論調ばかりで、逆に自分に厳しい戒律を課す存在を悪魔的に言っています。


今は赤信号、皆で渡れば恐くないで地獄界を目指している


今の世は天国界に渡る人は皆無だと言われています。スピリチュアルで言う天国界などは【中有界(幽界)】の上層界でしかありません。そこが天国界だと思い込んでいるだけなのです。自分一人だけが天国界には行けない等と言われる方がありますが、天国界とは皆とお手々繋いで一緒に行ける世界ではないのです。自分一人だけで天国界行きは厭だと言うのであれば、皆と一緒に赤信号を渡るより道はないなのです。


人は生まれて来る時も死ぬ時も、一人での行動です


死後に行く世界も、一人一人が別の世界で一緒ではない

そうしたことが解らない人は【情】に流されて溺れていると言えます。


私達日本人は仏教において、その【冥府の長官】は【閻魔(閻羅)大王】と教えられて来ました。悪いことをすれば「閻魔大王」に罰せられるです。その城を【羅城】とも云い。その羅城の門を【来世門】とも教えられて来ました。その羅城の門番(邏卒)を牛頭馬頭の鬼と云い。人々は節分の炒り豆で【鬼は外】と炒り豆を投げる愚挙を犯して来たなのです。

宇志採羅根真の綾部藩主の九鬼氏が建立した綾部藩の氏神社の若宮神社では、昔の綾部藩の節分は【福は外、鬼は内】であったので、今は節分祭を執り行いません。それも時代の流れとは言えます。同じ艮(ウシトラ)金神であった大本教は【福は内。鬼も内】で節分を行っているなのです。


鬼とは力の意味であり、鬼だから【悪】では無い


悪鬼と善鬼とを一緒に論じてはいけない

鬼だから鬼退治する等は、根本的に無知なのです。桃太郎の話も【悪鬼退治】なのです。大本教の出口王仁三郎師は【鬼】の字を【王仁】としたように、鬼は【仁の王】の意味も持つなのです。お寺の山門には【仁王】が立つ。これも【鬼】の意なのです。国常立尊を追いやったのはユダヤの【悪鬼】達であり、国常立尊たる閻魔大王に仕える地獄の門番は【善鬼】達なのです。


そこに、【福は内、鬼は外】は【ウシトラ金神国常立尊】を鬼として追いやった行為とされるのです。それは反面、日本の多くの神々も平気で国常立尊を鬼として追いやっている。】なのです。だが、どの神社の御祭神も自分の神社の宮司にそうしたことは教えず。平気でウシトラ金神・国常立尊の配下を炒り豆で追いやっているなのです。


閻魔大王を鬼は外と炒り豆を投げていれば、正義等は消える


羅城は霊界の地獄で罪を償えば、次も人として出す【来世門】


そこに大本教からは【三千世界一度に開く梅の花】。【節分の炒り豆にも花が咲く】などの基本宣伝歌が出されました。


しかし、その艮金神国常立尊たる神に、【三千世界(全宇宙)】を支配するだけの力があるのかとなると、いくら大本教から未だ来てもいない【未来】の数々を予告して当てて来た実績があり、今の世に出ておられる神々にはそんな未来を告げるだけの能力が無いことは解りますが、本当に三千世界(全宇宙)を支配出来るだけの神なのかとなります。

私はかって東京に行って著名な霊能者の方に自分は何者か?。と霊査をしていただきました。その著名な霊能者の方は私に、【霊界のシステムとして創造神が存在していなければおかしい。が、霊界のどこを探しても創造神が存在する痕跡が見当たらない。】と言われます。


この日本には【国常立尊】を御祭神として祭っておられる神社は幾つか存在しますが、その神社に鎮座されている御神霊は【国常立尊】と名乗ることは出来る下位の御神霊でも、創造神として頂点に立っておられる御神霊ではありません。すなわち【次元】界と呼ばれる神界の【トップ神】ではありません。

為に、巷のあちらこちらに自分が【国常立尊】だと自称されるニセの御神霊達も出るなのです。それに関しては大本教出口王仁三郎聖師は第一天国界の更なる上の界があり。その界に在ると説かれています。いくら霊能者でも解らない次元界となります。それは【幽の幽界】と呼ばれる世界で、世に出て居られる神々とて解らない神の世界の存在を説いておられますので、スピリチュアルで自分は霊と会話が出来ます。霊が見えます程度ではその存在は解らないとなります。

私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫は【天帝】という言葉を使われましたが、その豊受姫では無い別の豊受姫と称しておられる霊等は、【天帝】と呼ばれる様な神は存在していないとまで言われています。おそらく、ほとんどのスピリチュアルで関わっている神霊であれば、創造神(天帝)?。それは何だ?。なのです。神々にもその姿は見えない。


私は言葉の仕組から創造神の存在を確信しましたが、創造神と呼ばれる神が存在していると説いていると、受ける反論として、【本当にそれだけの神が存在するのであれば、この俺を裁いてみろ。】です。創造神等恐くとも何とも無い。そうした論調です。


悪をする自分を裁けもしないのに、神などと言うな!


創造神、創造神と言っても、どこにそんな神が居る?


神霊界を見渡しても、神々の【群雄割拠】で創造神たる神が見当たらない。そこに大本教から、今は退いていますの【艮の道】が出されたと言えます。


どこにも創造神が見えない。今は退いて【艮】の神


私は【輪廻転生】から【創造神】の存在を確信した


私は【悪魔】と呼ばれている存在を直に見たことはありませんが、悪魔に自己の魂を売る【契約】をすればあらゆる願いが叶えられると言われています。


この日本で戦後以降の新興宗教の開祖で、悪魔に自分の魂を売る【契約】をされた開祖があります。そのことはその教祖の著書に述べておられるので事実と言えるでしょう。その教祖がこの世を去られる時、その死に様は側で臨終を見ていた側近幹部達が恐怖におののく状態で戦慄を覚えたと言われます。

私の伯父は私の父の死後、幼い私に対しても母に対しても実に冷たい仕打ちの人でした。私達親子を親戚とは見做さないで、とても実の伯父とは言えない方でした。が、霊的世界に関わっていて大峰山の不動明王を篤く信仰し、その御利益は賜っていたとは言えます。だが、いくら神仏を信仰していても人としてどうであったかです。そうしたことから、その伯父が病床に伏したことも聞かされず。臨終も伝えられず。葬式だけを知らされました。

その葬式の時、病院でその伯父の臨終に立ち会った従姉達から、その伯父の死に際は【地獄に墜ちた】と解るほど凄まじい死に方で、従姉達も恐怖のあまり顔を背けたと言います。その従姉達には霊感があり、伯父に鬼が入った様に見えたと言います。従姉達は地獄の鬼が伯父を連れ去った様に感じたです。そこに従姉達は伯父はあれほど不動明王を信仰していたのにと疑問を持っていました。伯父は何の信仰をしていたのだろう?。です。

そうした人の臨終に関して、平の清盛公の物語にも書かれています。安芸の宮島の【厳島神社】の建立に多大な寄進をした平の清盛公でも、死の臨終には鬼達が平の清盛公を地獄に連れ去ったです。


神信仰をして御利益を貰えても地獄に墜ちる?


私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、私にあることを言われました。【私がそなた一人の命と引き換えに全人類の命を助けると言えば、そなたは人類の為にその命を投げ出すか?。】と尋ねられたので私は答えました。【私の命など取るに足りないものです。自分の命など何時でも捨てます。私は自分が消えることを厭いません。が、全人類の命と引き換えならばお断りします。全人類の命を救えば、またもや「元の木阿弥」になってしまいます。同じ過ちの繰り返しが続きます。私が助けたいのは誠の者達。悔い改めた者達だけです。】と答えました。

すると旧約聖書の神と称する声は、【かって、そなたはそれと同様のことをこの私に進言した。その時は、私は人類に対する愛からそなたを天使たる職から解任した。人は愛で悪から改心すると信じすぎた。それは私の間違いであった。今度はそうしたことをしない。】と告げられたのです。

私は時たま霊能者と呼ばれる方達から、【貴方は救世主ですか?】と問われることがありますが、【違います。私は救世主ではありません。】と答えています。人々が持つ救世主の認識とは、【愛】でどんな悪党をも救うであり、それでは同じ過ちの轍を踏み続けることになるからです。


自己の魂を引き換えにすれば、何等かの力は得られる


スピリチュアルと称している方達は何も解っておられないがありますが、行者の世界では人を祈りや念力で殺す【調伏】と呼ばれる物があります。この【調伏】は明治維新までは密かに行われていました。明治維新から刑法で罰すると規定されたことから表舞台から消えましたが、未だ【闇】の世界では執り行われています。それに関わる行者筋の霊力とはスピリチュアルの比ではあまません。神霊をも消すほどの霊力です。神霊世界は陰で殺し合い等をしているなのです。

私も言霊師であった2番目の師匠から生意気だと【死に神】を送りつけられて、その師匠は周囲の人達に私が間もなく死ぬであろうと言っていました。幸い私はその【死に神】を見破ったことで難を逃れ、その【死に神】は私の命を取ろうとした詫びとして、【おまえが誰かを殺したければ何時でもこの私を呼べ。その時にはその願いを聞き届ける。】と言っていましたが、神霊の世界とは必ずしも【善悪】で動いているではないのです。

そうした祈りや念で人を殺す調伏に【不動明王】や数々の明王が関わっています。それは神仏の世界は物事の【善悪】だけで動いているのではないからです。その願い事をして来る者との関係だけなのです。ただ願い事を叶えて貰えば、当然にその【代償】は必要なのです。その最大の物は、自己の魂を悪魔に売るなのです。


神仏の世界は何の代償も無しでは動かない


諺(ことわざ)に【ただより高いものは無い】と言いますが、神仏に対する願い事はタダだと思っていることほど恐ろしいことはないのです。私の元にはいろんなメールが来まして、それを解決する為に最初の師匠が存命中はその元に何度か相談にも行きました。その時の御礼は少額ですが全て私の自腹で行って来ました。私に対しての相談者にお金を要求した等、一度もありません。神仏にご足労を掛けたならば、その御礼をするのは【礼儀】だからです。が、私は自分の魂を売ってまで人助けをしょうとは思わないなのです。

私は霊的世界に関わって、霊的に幾度も殺されそうになりました。自分を霊力で殺しに来る勢力との闘いです。私はその相手が如来や菩薩や明王や龍神と名乗ろうとも、そうした存在が必ずしも【正義】で動いているのでは無い事を学んで来たのです。ただ、そうした人を秘密裏に殺して来た行者筋がこの世を去る時、世間では知られていないような事が起こるのです。


神仏の世界は【正義や愛】と言う人は無知に等しい


その新興宗教の開祖さんは、人の【病とか苦しみ】は魂の過去世からの【業(カルマ)】が消えて行く過程の様であると、正しく説かれてはいました。その教えに何等間違いはありません。


が、いくら正しい教えをしても人々を救えるか!


今、貴方が【病とか苦しんでおられるのは、貴方が過去世で積まれた業(カルマ)が消えて行く過程に過ぎません。】と説くだけでは冷たい人だと思われるだけですし、自分に【助けてください】とすがって来る人達を救うことは出来ません。そこでその宗教開祖は、そうした人達を救う霊力を欲して自己の魂を悪魔に食べさせる契約の道を選ばれたと、その側近の幹部の方から聞き及びました。


悪魔に自分の魂を食べさせる契約をすれば


多くの助けて下さいと言う人を救える力は得られる


私はその宗教宗教開祖の方を責めません。その気持ちは痛いほど解るからです。私自身、何人もの方から【意味が解らない良心神など説いておらず。病気治しや現世御利益を出していれば、人などいくらでも集まって大教団が創れる】と告げられましたが、ほとんどの人は自分が死後の世界でどこに行くかより、今の現状をなんとかして欲しい。それさえしてくれば神としても教祖としても仰ぎましょうなのです。


私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【人のこの世で人生とは永遠性を持った魂の命の時間からすると僅かな時間である。この世における僅かな時間で「刹那心」に溺れると、永遠性の命を持った魂を腐らせたり潰してしまう。どんな場合でも刹那心は捨てなさい。】と告げられて来ました。


魂の永遠性を大事にするか、今の世の一時で終えるか


だが、誰も自分の死後の世界の行き先など解らない


人は死ねば終わりだから、【今が幸せであればそれで良い】と言う考え方は大多数の方の意見でしょう。自分は死後の世界など信じない。霊界の存在など信じない。一部の人達は霊を見たり、霊と会話出来たりすることから霊界の存在の認識は出来ますが、そうでない人はそこから先行き出来ていません。


悪魔と契約すれば、この世で【力】を得られる


死後の世界は誰かを拝めば天国等と単純では無い


そうした霊世界の現状で、


三千世界の【立替】を宣言した神がある


だが、世に出ておられる神々もその存在を未だ見ておられない。ただ、その【前宣伝】と【言葉による仕組】は存在している。


私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いておりました。その声は、【私はそなたにこの神の神力を何も与えない。与えるのは最後の最後の時である。その為に、そなたの言うことを信じる者などほとんどいないであろう。そなたをバカにする者が続出するであろう。】と告げられました。私に臨まれた神は、そうしたことを【承知】の上で、あえて【言葉の仕組】だけで創造神が解る者達を待っておられるのでしょう。


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