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2020年07月14日07:18

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霊学22 大本教から出された【666(みろく)】大神とは、反イエス(反キリスト)か?

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大本教はみろく大神を全面に打ち出したのですが、大本教の出口王仁三郎聖師自身も【みろく大神】であると呼称されました。が、後に自分は本物のみろく大神では無かったと看板を下ろして、本当の【みろく下生】は昭和二十年(西暦1945年)に起きたと残されています。それは本当の【みろく大神】が昭和20年に下生されたではありません。それとは意味が違うことが神霊世界で秘密裏に起きたのです。

英国における神智学者で知られる【べンジャミン・クレーム】が、昭和20年にヒマラヤ神界で合成された【世界教師マイトレーヤー】と称する人物を宣伝し、日本でもその支部が存在しますが、昭和20年に神霊世界で何等かの動きはあったなのです。そのことをいち早く察知していた勢力が出したのが【世界教師マイトレーヤ】と呼ばれる人物となるのです。

弥勒菩薩の西洋読みの【マイトレーヤ】とは、仏教では単に【みろく菩薩】のことですが、神智学の分野での【マイトレーヤ(みろく菩薩)】とは、真の【キリスト】たる存在を指します。

仏教における【みろく菩薩】が、お釈迦様の弟子であったなどは歴史的にも存在していません。元々は中央アジアやペルシア等にあった【ミスラ教の創造神】を仏教が中央アジアに拡大して行く中で、みろく菩薩(マイトレーヤ)として大乗仏教に組み込まれただけであり、古代キリスト教においてもそのミスラ神の影響の教えが組み込まれたがあります。

日本におけるオーム真理教の開祖【麻原彰晃(本名・松本智津夫)】は自分の前世は【仏陀(お釈迦様)】だと自称し、その弟子の【上祐史浩】を自分の弟子であった弥勒菩薩(マイトレーヤ)に仕立て上げて大事件を起こしたのですが、元々お釈迦様の弟子に弥勒菩薩(マイトレーヤ)等は最初から存在していないと知っていたならば、あんな悲惨な事件は起きなかったかも知れません。無知と呼ばれることが起こした災いです。

そこに、【マイトレーヤ】が【キリスト】説は起きます

その意味で、みろく神とは【反イエス】とは成るのです

大本教の出口王仁三郎聖師は霊界物語に【6・6・6】で【みろく大神】と発表されました。それはキリスト教では【反イエス(反キリスト)たる悪魔の印】と言われている数字のことぐらいは理解されていたでしょう。ですが、ヨハネの黙示録にある【666】は一人歩きしているようなことではあるのです。元々ヨハネの黙示録は【六百六十六人】と言っているのであって意味が違っています。

しかしながら、一度【反イエス(反キリスト)】としてキリスト教徒の中で【666】は悪魔の数字として動き出した以上、日本のキリスト教の牧師などは【666】は【悪魔の印】で【反イエス(反キリスト)】だと公言しておられます。 元々キリスト教徒は【イエス】が【キリスト】であるという大過ちの大前提から出発していますので、そうしたことも起きるなのです。

ナザレのイエスが生きていた頃、その当時の信徒数は最大に見積もっても1万人という学説があります。その当時はキリスト教と言う名前でもなく、ユダヤ教の一部のナザレ派に過ぎなかったのです。別にイエスをキリストとして全ユダヤ教徒が仰いでいたではないのです。

ローマ皇帝であった【コンスタンティヌス一世】がキリスト教を信仰したことから、ローマ帝国の国教と定められて世界宗教への道に入ったなのです。その名残がローマ市の中の【バチカン】です。ローマ帝国が創り上げたキリストだからです。するとどうしてイスラエルではなく、【ローマ】だとなります。イエスはユダヤ教徒達の神ではなくて、ローマ人達の神と成った。それまでのイエスの教えとは世界的にはローカル宗教だったと言えます。

キリストという言葉は、ユダヤ教における【メシヤ】をギリシャ語で読んだ【クリストス】から来ているのであって、ユダヤ教ではイエスを今日迄【メシヤ】と認めたことは一度もないのです。ユダヤ教徒でも無いローマ人達が創り上げたキリスト像なのです。そこにヨーロッパのキリスト教徒によるユダヤ教徒の大迫害も起きたなのです。

私の二番目の師匠など、世にイエスとして現出して来てる霊は本当の【イエス】霊ではなく、【コンスタンティヌス一世】の霊がイエスの振りをして現れているとまで言っていました。霊とはどのように化けることも出来ますし、キリスト教を世界宗教に成し遂げたのは【イエス】では無くて【コンスタンティヌス一世】であると言えばその通りなのです。為にイエス霊として出て来ても別に不思議ではないなのです。

優秀な霊能者はその人物の魂を【次元格】で霊査しています。すると、イエスは以外と低い段階だと解って来ます。日本の霊能者でイエスを救世主だと思っているのはキリスト教系の方だけでしょう。お釈迦様の段階を超えてはいないなのです。それではとても【メシヤ】とは言えません。後発のマホメットがイエスは尊敬されるべき【預言者】と言ったのも、事実を事実として言っただけなのです。

霊能力者はその魂の格を調べる時、【次元界】を使います。それとは別に識界レベルと呼ばれる判断では、創造神を第十識界とするとお釈迦様は第七識界。イエスは第五識界と言われています。弘法大師やマホメット(ムハンマド)は第四識界とされますので、イエスはマホメットよりも上の段階ではあるにはあるなのです。

私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から識界レベルではなくて、【年級】とい名で魂の段階分けを伝えられましたが、ナザレのイエスはマホメットや弘法大師よりは少し上の段階とのことでした。だが、お釈迦様だけは何故か聞かされていないなのです。お釈迦様が開かれた仏教の教えとイエスの教えを比較すれば、ある意味段違いだと解ることではあるのです。イエスは悟っていないからです。

イエスは良いことは説いてはいますが、どの教えも説明足らず、言葉足らずと言えます。それは、お釈迦様の十大弟子は魂的にも非常に優れた方達だったのですが、イエスの弟子達はお釈迦様の弟子であった方達の魂と比較するとかなり低いなのです。また仏教界からはお釈迦様以外にも傑出した魂の方達が出ています。為に仏教の教えとイエスの教えではかなり違います。キリスト教は真理にはほど遠いと言えます。しかし、キリスト教の教えであるイエス一人だけを神の御子と信じれば天国に行けるのだとなると、人は誰しも安易な教えを取りますし信じます。

今のこの世の自分の苦しみが救われる。それに賭けるなのです。それは日本における【南無妙法蓮華経】と唱えていれば救われるという考え方と同じなのです。キリスト教には【カルマ(業)】とか【輪廻転生】の説明がほとんどなされていません。イエス一人だけが神の子だと信じれば、個々のカルマ(業)の存在を説く必要もなければ、永遠の天国に行けると信じるのですから【輪廻転生】の教えすら必要ないとなります。しかし、いくらイエス一人だけが神の御子だと信じても天国の門など開かないとなります。大予言者であった大本教の出口王仁三聖師の【地獄を覗けば僧侶や牧師で一杯だ!】になったなのです。

また、お釈迦様は【奇跡的】なことはなされなかったのですが、イエスは【奇跡】を見せました。それは無知なる者を導くには最適な方法ではあるのです。インドの聖者と呼ばれた【サイババ】も然りです。サイババがテレビカメラの前でメイドイン・ジャパンのセイコ−社の刻印が入った腕時計を霊界からの贈り物として出した時、この人は本物では無いと簡単に判断は出来ました。だが、サイババを聖者と信じる人達はそれが霊界からの贈りもので、メイドイン・ジャパンのセイコー社の腕時計とは見破れないわけです。ただただ霊界からの贈り物だと信じてありがたがるなのです。

私は伏見稲荷山で数々の【奇跡】を見て来ましたので、【奇跡】を見せたからそれは【正神】だと言う考えには成り立ちません。イエスが見せた奇跡にはパンを降らしたとか水上を歩いたがありますが、規模的に大きいだけで小さな奇跡であれば【伏見稲荷山神界】でも見る事は出来るのです。他所から物質を移動させることで降らすお菓子やチョコレート。瞬間物質移動です。人が空中に浮く。病人を治す等です。私の最初の師匠などはそうした数々の奇跡を出していました。

大奇跡の数々の背後には必ず【龍神】がある

イエスも、その背後に何等かの龍神が存在した

お釈迦様は【奇跡】を見せようとされなかったのは、龍神と呼ばれる存在を使わなかったからと言えるでしょう。イエスは逆に龍神の力を利用して【奇跡】で人々を魅了した。そこの違いなのです。ですからキリスト教には【真理】が無いと言えます。

奇跡力に惑わされると【真理】が遠くなる

お釈迦様は【奇跡】でなく【奇魂】の働き

モーゼの【奇跡】として知られるエジプトからユダヤ人達を連れて逃げる時、紅海を真二つに割って出来た道を通ったとされますが、現代科学では絶対にあり得ない事柄から単に神話だと言われるでしょうが、私が見させられた霊的映像では800万体位〜2千万体位と推察される巨大龍神が柱の壁となり紅海の海水を堰き止めて出来た海の中の道の映像でした。だが、その道を通るユダヤ人達にはその巨大龍神達の姿は見えていなかった霊的映像です。霊的な映像ですから【証拠】には成りませんが、あり得たかです。

モーゼは【牛頭】の人であったと言われており。お釈迦様の祇園精舎の守護神【牛頭天王】とも重なることから、モーゼが仕えた神は【国常立尊】ではないかとも言われて来ました。大本教霊界物語ではモーゼは【天道別命】の名で国常立尊の御子の一人であるとしています。魂的にはイエスより格下の方ではありません。

お釈迦様の仏教の聖地【祇園精舎】の守護神が【牛頭天王】であったことからすると、原始仏教の背後も【国常立尊】であった事実が浮かび上がるなのです。

聖書に【龍神】とは【霊界で年老いた大蛇霊】とあります

私は霊界修業の中では黒龍神達に【おとなしくしていないと殺すぞ】と恫喝されて来ました。スピリチュアル標榜者の方達の中には自分の【光の剣】で龍神程度ならばぶつ切りにしてしまうと言われる方達もあります。私はそうした霊剣を持たないので、黒龍神の攻撃からは逃げ回っている様な者です。例え個人として霊剣をもっても、あまりにもその数が多すぎて個人で戦えるようなことではないのです。やがてこれは【神界戦争】に発展すると読んでいます。

大本教の出口王仁三郎聖師は世に龍神と呼ばれるものの大半は大蛇霊であるが、違う龍神もあると残しておられます。私はそうした大蛇霊から成った龍神ではなく、自然界を動かしているところの【龍神】を幻視して来ています。台風とか大地震の元です。私達にとっては自然のエネルギーとしか見えないのですが、それが【龍】の姿として見えるなのです。つまり【龍】とは【エネルギーの霊姿】なのです。

そこで私は【龍神】とは【流神】と説いて来ました

私は魂は【玉思惟】とか、龍神は【流神】とか述べて来ているのですが、そうした言葉の解説は【幻視】などによるのです。どの宗教書にもそうしたことは書かれていません。

日本語は【神の言葉】であり。その日本語による霊的世界の見聞を裏打ちして説明しているのです。【ミカエル】という言葉ですら、私が体験したヴェーダ典の【人の中に眠るコブラ蛇(眼鏡蛇)が目覚めて走り上がる時、その人は「真理」に目覚める。】から【巳(蛇)帰る】の意味だと理解出来たのです。私の日本語による言葉の解読は、自分が霊界に関わって解ったことなのです。

私は単なる宗教書や文献を見て、神の世界を説いている者ではありません。私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、そなた一人だけにはその仕組を見せる。】と言われて来たことから、この日本に満ちあふれている【言葉の仕組】を見ているのです。

私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫が【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方で、貴方の言葉による教えは天帝の「詔」と同じであり、貴方の言葉の教えに従えないと言う神は如何なる神で有ろうとも天帝に対する反逆罪として処罰されます。】と告げられたことに繋がっているのです。

私が子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。その声は【そなたが教えを間違えたならば、そなたの責任にはあらず。この私の仕組が悪かったのである。】と告げられたのですが、言葉は創造神の仕組と言えます。


出口王仁三郎聖師が告げた【666のみろく大神】とは、

キリスト教のイエスは【メシヤ】では無いことを告げた


真の【メシヤ】は弥勒菩薩(マイトレーヤ)なのですが

それは大本教神諭予告の【九つ花の三六九】で示される
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