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2020年01月27日17:20

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ハマスホイとデンマーク絵画

東京都美術館で行われている“ハマスホイとデンマーク絵画”に行きました。

公式ＨＰ↓
https://artexhibition.jp/denmark2020/

2008年に国立西洋美術館で行われた“ハンマースホイ展”（余談だが、今の表記はハンマースホイではなく、ハマスホイなのね。ボッシュがボスに、ゴーギャンがゴーガンになったようなモノか）は、86点全てがハマスホイの絵だった。
のにだ。私は、それに行きそびれた。元マイミクさんが「死の匂いが強すぎて、全然良くない絵だった。」と感想を述べていたが、私は寧ろ、ハマスホイにある、その“死の匂い”が好きだ。

私が昔美術雑誌で見つけた絵。不思議だった。美しい室内の絵なのだが、良く観ると扉にドアノブがない…。「え？！どういうコト？」と思った。他の絵も「あれ？このテーブル、足が1本足りなくね？」という絵もあった。何じゃこりゃあ！何この異次元空間を描いた絵は！！…それがハマスホイの絵だった。

2008年と違い「何だよ～。今回全部ハマスホイじゃねえじゃねえかよ～。ハマスホイ半分くらいしかねえじゃんよ～。」と思いながら行ったのだが。これが逆に良かった。他のデンマーク絵画と見比べてみて、「ああ、ハマスホイのこの死の匂いは、人類滅亡後の世界を描いたような、この不穏な絵は、ハマスホイの個性だったんだ！」と分かるコトが出来たから。私ゃデンマーク絵画って、皆こんな不穏な絵を描く…ようは私好みの絵だ…なのかと思ってたら、違うんですね。
同時代の作家ですら、ハマスホイのような不穏な絵は少なくて、寧ろ、初期の印象派や、バルビゾン派や、ロマン主義を感じさせる絵が多かった。「これ、ルノアールじゃん！」な絵もあったし。私ゃ、今までよりずっとハマスホイのコトが知りたくなりました。どんな感情で、この不穏な絵を描いていたの？ハマスホイさん。

ハマスホイは「北欧のフェルメール」と呼ばれたりするのだが、私は「冗談じゃねえや！」と思うのだ。フェルメールの絵を観ても、こんな不穏な気持ちにはならない。確かにフェルメールにも召使に目配せする女主人とか、そういうミステリアスな場面はあるが、根本的に、ミステリの質が違うんだ。ハマスホイは「不穏」だし、観ていて「不安」になる絵なの。

自画像や写真もあったケド、軒並み気難しそうな顔しててね、ハマスホイさん。

ヴィルヘルム・ハマスホイはコペンハーゲン生まれで、コペンハーゲンで活躍した画家。1864年生まれ。ほらほら、私の大好きな19世紀末の足音が聴こえてくるよ。1916年に亡くなった。

まず、ハマスホイの『画家と妻の肖像、パリ』があった。ハマスホイと妻イーダの２ショット。新婚旅行先のパリで描かれた。穏やかではあるケド…。何でか観てて不安になった。ホイの目の真直ぐな瞳が何か怖い…。

最初の章は、デンマーク絵画の黄金期。1820～1850年がデンマーク絵画の黄金期らしい。デンマークの風景に美的価値を見出す。肖像画は様式美から離れ、打ち解け、飾り気のない親密描写へと変化する。絵画の顧客が王侯貴族から裕福な庶民になったからだね。

マーティーヌス・ラアビュー『外科医クレスチャン・フィンガとその家族』裕福そうな庶民の室内。椅子に座り新聞を読む男性。彼が外科医だろう。右に編み物する夫人。左の臙脂のドレスは娘かな？左下には犬もいて、鳥籠の上には、高そうな鸚鵡。幸せで親密な家族の景色。もう、しゃっちょこばった貴族風の絵ではなく、楽しげな庶民の暮らしの絵になっている。

コンスタンティーン・ハンスン『果物籠を持つ少女』果物籠を持つ真直ぐな瞳の少女。落ち着いた色彩。ハンスンは黄金期の画家の1人だそうな。この絵、後にハマスホイが所有し、自宅写真にもこの絵が写っていた。彼はハンスンが好きだったみたい。

クレステン・クプゲ『海岸通りと入り江の風景、静かな夏の午後』ピンク色の空が画面の大部分を占める入り江の様子。夕焼けなのだろう。海も薄いピンクに染まっている。遠くに街。手前には小舟。左には森も見え、穏やかな様子だ。クプゲの絵は、初期の印象派やバルビゾン派の絵を想起させ、初期のモネの絵が好きな人には嵌る絵かも…と思った。

ビーダ・クレスチャン・スコウゴー『ティスヴィレの森から望むフレズレクスヴェアクの風景』画面半分以上を灰色の雲が覆う空が占める。手前に森。閑散とした荒野だろうか？手前に小さく狐が描かれる。母親の狐と子狐が4匹。子狐2匹はじゃれあっている。雲の感じと荒野の感じがマッチして、不穏さが生まれている。でも、狐で和む絵なのね。

次はスケーイン派の絵。お久しぶり！のスケーイン派。以前、国立西洋美術館の常設展で、スケーイン派特集をやっていた。この展示良かったのに、西洋美さん、図録どころかポストカード1枚作ってくれなかったって言う…。
1840年代、ナショナリズムが高まると、伝統的な慣習を残す人々の暮らしを描くコトが推奨された。画家達はユラン半島へ行く。この地は都市部からしたら、未開の地だった（地図を見ると、コペンハーゲンから結構離れているのが分かる）。1870年初め、半島北端の猟師町スケーインを発見。物質文明に汚されないプリミティブなデンマークとして、この場を描く画家が増えた。それが、スケーイン派。
こういう流れって、フランスでもあったし、英国も荒野ブームあったし、19世紀末は何処にでも起こるんだね。

ミケール・アンガ『ボートを漕ぎ出す猟師たち』海難救助に向かう為、海に小舟を出す猟師達。皆険しい表情。見守る人々も心配そう。猟師達の服は粗末で腕に穴が空いていたり。こういう猟師をヒロイックに描く絵もスケーイン派では流行ったらしい。背景は荒々しい海だ。

アナ・アンガ『戸口で縫物をする少女』一心不乱に縫物をする女性。オランダ絵画のイスラエルスの絵を思い出した。アナはスケーインに1軒しかない宿屋で生まれた。夫のミケーレ（前述の絵の人）は、猟師を英雄的に描いたが、アナは町の女性達の日常を描いた。

オスカル・ビュルク『遭難信号』この絵、恰好良かった。おそらく、急に遭難信号が入ったのだろう。窓辺に立つ母は、不安な表情で窓の外を見つめる。左の少年も椅子から立ち上がり身を乗り出し窓の外を見る。母が抱える赤ん坊だけは、事情が分からず、テーブルの上の食べ物（芋とパンかな？）に夢中で手を伸ばす。日常の中の緊迫した風景を活写した。まさに緊張と緩和な。上手いと思った。

ヴィゴ・ヨハンスン『台所の片隅、花を生ける画家の妻』後ろ向きの黒い服の女性が花を揃えている。ちょっとハマスホイっぽい構図ではあるが、壁には鍋の蓋や台所用品が並び、情報量も多く“時が動いている”のが分かるので、不穏な感じはない。

ピーザ・スィヴェリーン・クロイア『スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガとマリーイ・クロイア』初期印象派を想起させる絵。海辺を歩く2人の女性が小さく描かれる。前述のアナと、画家の妻であろうマリーイ。白い砂浜、薄水色の海と空。明るい色彩。ピーザは当初働く猟師を描くも、徐々に土地独特の光に魅了されていったらしい。この辺りもモネっぽいか。

同じくクロイア『詩人ホルガ・ドラクマンの肖像』思わず「これ、ルノアールじゃん！」と言ってしまった（笑）。木の下にある木のベンチに座る老人。片手に本。光の当たり方や木漏れ日の描き方が印象派！ルノアールだ！

次が19世紀末のデンマーク絵画なのだが、結構もう、今までも19世紀末だったがな（笑）。旧態依然のアカデミーに若者が反発。『独立展』が出来、自由な作品の場となる。19Ｃ末、温かみのある家庭が1880年以降に描かれる。温かみのある価値観を“ヒュゲ”といい、このヒュゲな絵も流行る。しかし、20Ｃに近づくと物語性が希薄な室内絵画が出現。室内そのものを美的空間と捉えたらしい。

ユーリウス・ポウルスン『夕暮れ』全体的にピンボケ写真のようにぼやけている。中央に2本の木。手前に牛と牛飼いの少年かな？地平線に夕焼けのオレンジが映える。

ピーダ・イルステズ『縫物をする少女』イルステズはハマスホイの妻、イーダの兄。明るい室内。窓辺で縫物をする少女。左に机。椅子と机は随分離れている。柔らかな光の中の日常の光景は、やはりオランダ絵画のイスラエルスの絵を想起させた。穏やかで不穏ではない。義兄の絵も不穏な絵じゃないんだなぁ。こういうのがヒュゲなんだね。

日常を描く絵は、他にもあったが、軒並み「オランダ絵画っぽいな」と思った。そして後ろ姿も多い（でも、ハマスホイのように不穏にはならない）。絵の中にピアノも良く出て来たが、これは裕福な中流家庭の象徴なのかな？

カール・ホルスーウ『室内』鏡台の前で本を読む、おさげ髪の後ろ姿の少女。柔らかい光。手前の机にはザルが載っている。光の取り方はフェルメールっぽいかも。この絵、気に入ったのに、ポストカードはなかったな。残念。

次はヴィルヘルム・ハマスホイ特集。ハマスホイは父は商人。母は裕福な中産階級の娘。初期は肖像画、人物画、風景画を描く。1888年、秋、初めて室内画を描く。1890年代半ば、室内画が主要な地位を占め、1898年、ストランゲーゼ30番地のアパートを描いた一連の作品で、独自の表現と名声を得る。

確かハマスホイさんだったよね？アカデミーの先生だかに「私は彼が何を描いているのか分かりません。でも、何か凄い物を描いているのは分かります。」って言われたのって。

室内画を描いてた当時は、人気のあった画家なのだが、次第に「古臭い」と思われ忘れ去られ、再評価されたのは、1990年代だったと思う。それまで埋もれた画家だったんだね。こんなに面白い絵を描くのに。

『裸婦』ハマスホイの裸婦って初めて観たかも。黒い背景から浮かぶ白い裸体の女性。恥じらうように頬を赤く染め、視線を外している。凄く静かな裸婦だなって思った。この人の絵って、何か全部音がしないよね？
チェロ奏者を描いた絵もあったが、それすら音がしないの。演奏してる姿なのに。

初期の風景画もあったが、人は描かれず、何かやっぱり不穏。

『古いストーブのある室内』最初のハマスホイの室内画。左に古く大きな薪ストーブ。扉が開き、向こうの部屋の扉が見える。音がしない静謐な室内。

『夜の室内、画家の母と妻』左に妻のイーダ。右にハマスホイの母のフレゼレゲ。イーダは編物をし、母は何か読んでいる。心理的、物理的交流を感じさせないので不穏に見える。お互いがバラバラに何かしていてストップモーション。いや、これ、実は2人ともマネキンなんじゃあ…と思った途端怖くなった。室内は暗い灰色と黒。とにかく無機質。イーダと結婚する前に描かれた絵らしいのだが、私ゃ旦那になる人が結婚する前にコレを描いてきたら、心配する。

ハマスホイの友人曰く「彼のパレットには濃さの違う灰色の絵具しかなかった。」と。

『ライラの風景』平原。所々にこんもりした林。青い空に鱗っぽい雲。人はいない。ちょっとシュルレアリズム入ってる風景画みたい。音のない夢想の世界というか。異次元感がやはりある。
ハマスホイの風景画は「地球の人類が全員急に消失し、その後を描いたのか？」とどれを観ても思うの。不穏にさせる異次元世界。これが私ゃ堪らなく好き。

『室内』1897年、ロンドン滞在中に描かれた。灰白の室内。後ろ姿の黒い服の女性（イーダ夫人）。手前には机。白いテーブルクロスが掛けられ、左はチェストかな？花が置かれ、上には鏡。しかし、鏡には何も写っていない。柔らかな光はあれど、この光は一体何処から入っているのだ？寧ろ、室内自体がボーっと発光してるようにも観える。右には白いカーテンもかかる。そして無音。「え？ここあの世の部屋なんじゃ…。え、あの女性マネキンなんじゃ…」そう思う。

『若いブナの森、フレズレクスヴェアク』銀灰の椈の森。ぼんやりしていて非現実感があるも、何処かバルビゾン派の絵も思わせる。ハマスホイはイーゼルを立て、自然の中で描いていたそうな。この辺り印象派と一緒なのに、使っている色が灰色ばっかだから、印象派みたいに明るくならず不穏になっちゃうのかしら？

『背を向けた若い女性のいる室内』後ろ向きの黒いドレスの女性。蓋が閉じられたグランドピアノの上にパンチボウルがある。女性は銀のトレイを左脇に抱える。青灰の壁。飾られた絵。壁のラインの真直ぐさは、やはり無機質に見える。やはり無音。そしてあの世っぽい。この絵に描かれたパンチボウルと銀のトレイの本物も一緒に展示されていた。パンチボウルはかすがいで止めてあった。大事に使っていた物なのだろう。キービジュの絵だね。

『ピアノを弾く妻イーダのいる室内』扉が開かれ、奥の部屋に後ろ向きでピアノの前に座る黒い服の女性。扉の左側にはドアの取っ手がない。手前の部屋にはテーブル。そして銀のトレイ。柔らかな光が室内を照らす。ピアノがあるのに、やはり音はしない。てか、そもそもこの女性はきっとピアノを弾いてない。ただ無機質に座ってる。やはりマネキンなのでは…。

『イーダ・ハマスホイの肖像』全体的に緑の画面。目の下にくまが出来疲れた顔のイーダ夫人。イーダは前年の５月に手術を受け、1ヶ月半入院した。画面のイーダはコーヒーをかき混ぜているが、それも辛そうに見える。生より死の色が濃い絵。何故、妻を描くのに、こういう表現にしたのだろう？やっぱり不思議だよ、ハマスホイ。ひょっとして、生より死に魅かれる人だったのでは…。

『室内ー陽光習作、ストランゲーゼ30番地』誰もいないがらんどうの室内。窓があり、窓から光が差し込む。隣りに扉があるが、この扉、ドアノブがないのだ。入ったら出られないあの世の部屋なのではないか？と思わせる。

そして、この絵は、フォトスポットに使われていた。

『室内、蝋燭の明かり』そもそも、ここは何処だ？食堂だろうか？やはり誰もいない。テーブルに火が灯る蝋燭が2本。思わず髙島野十郎の絵を思い出す。黒と灰の絵は、やはり死の匂いを感じる。死神の住まいなのかも知れない。

『カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地』少し明る目の室内。蓋の閉じられたグランドピアノの上にボウルとランプ。手前には植木鉢のあるテーブル。やはり静かだが、明るい絵なので、死の匂いは薄くなっている。

ああ、やっぱり私はハマスホイの絵が好きだ。私を素敵に不穏で不思議で不安な気持ちにさせる。漂う死の匂い。何処か別次元の世界のような風景や室内画。ハマスホイの仕掛けたミステリの中を漂っているような気分にもなった。

お土産はポストカード９枚。久々にこんなに沢山ポストカードを買った。正直、特別ミュージアムショップより、常設の方のミュージアムショップのハマスホイグッズの方が切手シールや拡大鏡があったり面白かったかも。私は、ピンズガチャと、缶バッチガチャもやった。ピンズはパンチボウルが当たり、缶バッチは2回やったのに、どちらも同じ絵柄だったという(^_^;)。あと、ハマスホイ全然関係ないケド、半額以下だったので、ティツィアーノのフローラの革製キーホルダーも購入。

デンマーク絵画が好きな方、ハマスホイが好きな方、あと、意外に印象派やバルビゾン派、ロマン主義の絵が好きな人には、黄金期やスケーイン派の絵が嵌るんじゃないか？と思う。展示は3月26日までやってます。

おまけ