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2019年10月26日03:16

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お姉さんがひたすらラーメンを食べるだけのSS

ラーメン食うだけで約3700字……
明日も仕事やのに書き出したら止まらんかった
なんでこんなの思いついたか自分でもわかんないから聞かんといてくれ
ちな 推敲とかなんもしてないです
よろしければどうかおたのしみください。

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『中華そば 猫味噌亭』はビジネス街の裏路地に看板を掲げる小さなラーメン屋である。
 店内スペースはカウンター十五席のみ。雑居ビルの隙間へ押し込まれるように建っている小さな店で、周辺オフィスへの出前を中心に展開しているためか店の所在を知るものは少ない。
 いわば知る人ぞ知る銘店なのであった。出前チラシのメニューに載っているのは店舗で供される料理のごく一部。店主が撮影等を嫌っていることもありネットでの情報拡散もほぼ皆無。特に店舗限定メニューの甘酢から揚げと特盛辛味噌ラーメンの二品は、周辺の食通の間で知ってる・知らない、食った・食わないの格差が生じる程の評判なのであった。
 土地柄もあり、営業時間は十一時から十九時半までとそれほど長くない。現在の時刻は十八時五十分、本日も数名の常連や噂を聞きつけた自称食通の連中が勝手なことを口にしながら各々の空腹を満たしているところであった。
 若干建付けの悪くなった引き戸が開き、新たな客が入ってきた。
『はーい、らっしゃーぃ』
 ラーメン鉢を洗いながら挨拶をした店主の娘は、一旦鉢に目を移して再び目線を上げる。  入ってきたのは、上質なパンツスーツを纏った女性客。背中まである黒髪はシンプルに纏められ、化粧っ気の少ない細面の顔だちを際立たせている。細身の体にはだいぶ重そうに映るショルダーバッグが肩から落ちないよう添えている左手は、透き通るように細く白かった。
 彼女は娘の視線に気づき、軽く微笑んでカウンターの隅に腰かける。
 この店に周辺のオフィスから直接客が来ることは今まで皆無だった。いや、彼女の身なりや立ち居振る舞いは、OLというよりキャビンアテンダントとか、ホテルのコンシェルジェとか――とにかく、この店に訪れたことのない人種なのは間違いない。
 暫時の戸惑いから我に返った娘は慌てて、しかし平静を装いながらサーバーの水を女性客へ運んだ。
「い、いらっしゃい。お決まりでしたら、また呼んで――」
「もう、いいですか?」
「あ、はぃ!」
 メニューを一瞥した女性客は娘に向き直り、穏やかな表情で続ける。
「特盛の辛味噌ラーメンと、甘酢のから揚げを」
――自分はただ、いつも通り注文をとっているだけなのだが。
 何故か沸き起こる緊張を振り払って、娘は答える。
「あの、特盛……結構多いですけど、よろしいですか?」
 女性客の穏やかな表情がさらに崩れ、柔らかい笑顔になった。
「ええ。お腹が空いてますから、大丈夫だと思います」
「あ、わかりました……辛味噌特一丁、甘カラ一丁ー!!」
 つられてぎこちない笑顔を作り、娘は奥の厨房へ注文を飛ばした。

 注文を終えた彼女は、カウンターで纏めていた髪をほどき始めた。バッグから髪留めを取り出して頭の高い位置で纏めなおし、ハンカチを胸元に差し入れてシャツをスープから守る。
 戦闘準備完了というところでこの店の至宝、特盛辛味噌ラーメンが娘によって彼女のもとへ運ばれた。
『猫味噌亭』の名の通り、当店は味噌ベースのスープとそこへ絡む多加水のちぢれ面を本流とするラーメン屋である。
 その自慢のスープに複数のスパイスを加え発行させた自家製唐辛子味噌を合わせ、さらに豚ひき肉を加えた肉味噌とニラを炒め合わせた肉そぼろ、鉢からそびえ立つほどの茹でもやしを盛り付けたのが、自慢の特盛辛味噌ラーメン。
 店主の自信作でありながら出前メニューに記載できないのは、そのサイズにある。
 容量にして並盛の一.五倍のラーメン鉢に溢れんばかりのボリュームは、長くこの店で料理を運んできた店主の娘も思わずすり足になるほどであった。
 目の前に置かれた特大のラーメン鉢に、女性客は怯むどころか目を細め、恍惚ともとれる表情を浮かべる。
「から揚げ、もう少々お待ちください」
 娘の言葉に会釈で答え、彼女は料理に向かって静かに両手を合わせた。
 割り箸を取って縦に割り、左手にレンゲを構える女性客。
 おもむろに肉そぼろの一部を箸で崩し、レンゲでもやしをスープに沈め、そのままそぼろとスープの汽水域をひと掬い。
 たっぷりレンゲ一杯分のスープを流し込まれた細い喉が上下し、彼女は軽く目を閉じる。
 そして、再び恍惚の笑みを浮かべて箸を持ち直した。
 たっぷりとスープの絡んだ麺を箸で持ち上げ、かぶりつくように口へ運ぶ。
 早くも良い塩梅を見つけたのだろう、肉そぼろを上手くスープの中へ落とし込みながら麺と絡めて口へ運んでいく。
 彼女の食べっぷりを、いつしか店内の客も横目で追っていた。
 女性客と反対側に座る小太りの男は当初、彼女の注文を聞いて軽く鼻を鳴らしていたのだ――食えるわけねぇだろ、と。今では手元のグラスに瓶ビールを継ぎ足すのも忘れ、彼女が無心に食事するさまを眺めている。
「あ、あの。甘酢から揚げ、おまたせです」
 丁度ほおばった麺を飲み下した女性客は、コップの水に口をつけてから娘に向き直った。
「ありがとう。これも、おいしそうですね」
「あ、はい! ごゆっくり!」
 思わず背筋を正して返事する娘を尻目に、彼女は唐揚げに箸をつけた。
 一口大よりやや大きめのから揚げが四個、付け合わせはキャベツの千切りだ。人気メニューの酢豚に使う甘酢餡をベースにしながら、から揚げに合わせて配合を変えてある。
 甘酢から揚げと、辛味噌ラーメン。この二品が合わせて語られる理由はここにある。
 やや粘度を落とし酸味を利かせるさっぱりとした後味が、辛味噌の刺激に絶妙な変化をもたらすのだ。
 から揚げに箸を差し入れた女性客は、切り分けるのが困難と見るやそのまま肉の塊にかぶりつく。
 麺を、スープを、野菜を、肉を。「食う」という作業ではない、一口毎に見せる彼女の恍惚めいた至福の表情は、いつしかその場にいた者たちを魅了していた。
 やがて、順調に食べ進めていた女性客の箸が――から揚げを一つ、スープを六分目ほど残して緩やかに止まった。
 彼女は初めて箸を置き、カウンターをのぞき込んで娘を呼ぶ。
「――すみません」
「あっ……はい!?」
 駆け寄る娘に申し訳なさそうな表情を向ける女性を見た小太りの男は、我に返って自身のプライドを探り当てる。
――ここの特盛は、数々の特大ラーメンを平らげてきた自分でもそれなりの覚悟が必要なレベル。食いっぷりはいいが、あの細身ではさすがに限界のはずだ。まぁ、あれだけ残して『ごちそうさま』でも仕方がないだろう――
「ごめんなさい……替え玉を」
「は!?」
 小さく叫んだ男を一瞥し、女性客は娘に困惑の表情を向ける。
「えっ……すみません。メニューに、ありませんでしたか?」
「い、いえ? できますよ? 半玉……も、できますけど」
「いえ、一玉ください」
「あ、はい。少々お待ちください……大将、替え玉いっちょ!」
 娘は注文を厨房に向かってそう叫び、男の背後を通る瞬間に軽く鼻を鳴らして奥へ引っ込む。
 女性客は男へもう一度視線を投げ、最後のから揚げに箸をつけた。
 程なくして娘が替え玉の入った椀を持ってきたころには、女性客はから揚げと付け合わせのキャベツ、それからラーメン鉢に残った麺を平らげていた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
 先ほどと同じ柔らかな笑顔を娘に送り、彼女は椀を受け取る。椀をひっくり返して麺を放り込むのではなく持ち上げて鉢へ移すのは、替え玉に残るわずかな水分でスープが薄まるのを少しでも防ごうという配慮。
 そして、すぐには手を付けない――移し終えた直後は麺のみが熱く、スープは若干冷めている状態。ゆっくりと箸でかき混ぜて温度をなじませ、彼女は左手にレンゲを取った。
 今度は掬ったスープに面を絡ませ、一緒に口へ運んでいく。勢いは衰えない、むしろ加速していた。
 小太りの男はしばらく様子をうかがってから、冷めた餃子をビールで流し込んで会計を済ませ、こそこそと帰っていった。
 第二の麺が尽きた。彼女はレンゲを右手に持ち替え、なおも残ったスープと肉そぼろを口に運ぶ。
 掬い上げた最後の一口――彼女はレンゲの先を軽く口に差し入れ、やや名残惜しそうにそれをゆっくりと口腔へ流し込んでいく。
 細い喉がゆっくりと二度脈動し、かくして彼女はラーメンを平らげたのだった。
 軽く目を閉じ、ゆっくりと息をつく。
 それは娘がこれまで見た中で最も穏やかな――まるで棺に横たわる死者のような――表情であった。
 彼女は眼を閉じたままコップにわずか残っていた水を飲み干し、目を開けて娘を見た。
見つめていたことを感づかれてびくんと体を震わせた娘に、女性客が微笑む。
「――ごちそうさま。本当に、本当に美味しかった……お会計を」
「あ、は……はいっ! 計算しますっ!」

 いつしか最後の客となっていた彼女を、娘は店の外まで見送った。
「あのっ、こんなに美味しそうに食べてくれたお客さん……初めてです。ありがとうございました!」
「とんでもないです。本当に美味しかったし、元気が出ました。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます! また、是非来てくださいね?」
 この店に入ってからずっと、彼女は穏やかで上品な笑みを浮かべていた。
――店頭の明かりが揺らめいて、その表情が一瞬曇ったように見えた。
「ええ、きっと。また来れるように、頑張りますね。ごちそうさまでした、おやすみなさい」
 そう答えて彼女は頭を下げ、大通りとは逆の路地へ去っていった。
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