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日記一覧

 桜の花にも早咲き遅咲きなどがあり、散り行く花弁も有り今や満開への桜花もある時季だ。桜花も咲き始めから満開もいいけれども、散った桜花が路上に桜色の花道を敷いてくれる。丹後半島にそのような道路があるけれども、ここしばらくそこの道路まで出かける

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 例年よりも桜花の満開は早いのかな と思う。桜の花の満開は明るくて綺麗だ。桜の花の下では家族連れなど賑わいがあっていいものだ。桜満開の後は、新緑の季節。黄緑や深緑などの濃淡で山が一層立体的に迫って見える。 しかし、三月下旬で夏日25℃の最高気

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 報告があったが、私にとっては孫娘。「あそうか、少女になったか、おめでとうだね」 と言ってあげたが、いつもタブレットの最初の映像は、その孫娘の笑顔の大写しから始まるのが楽しいひと時だけれども、これから女性としての人生が始まる。この先、いろい

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 これは海外の国々でもその周辺で噂と言う物が流れるものだろうか・・・日本人、日本特有のものか・・・海外の国々では、あまり個人に深入りしない習慣があるように思うのだが、人は人、自分は自分という個人を尊重する個人主義が他人の進入を嫌うもののよう

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 早めに到着した。電車の乗継ぎがよかったので会のいつものメンバーさんは、お出でではなかったが、しばらくしてお出でになった。ジミーさんはお休みようだったが、おしゃべいはお開き時刻まで目一杯に時間の過ぎるのも忘れるほどだった。いつものように薫り

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 万物は、「物質であるから時空内」での具現消滅を繰り返す。言葉も文字も物質である人間には、この身体の物質以外にも何ものかが潜んでいる。「人間の命は地球よりも重し!」と言うような単純なことではない。  「魂」は見えない。肉眼では。であるから物

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 今でも戦闘時などに食糧に困って戦死した戦友の遺体の肉を貪欲にも食べることをしたという話も聞いているが、人肉売店の話は、今から七十数年以前の話だ。第二次世界大戦中だったと思う。 田辺先生は、理科の先生で細身で背が高い三十代位の静かな話しぶり

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 今日の春彼岸は、自宅にて先祖へ感謝の日である。これまでの春彼岸には菩提寺での彼岸会に参列したが、今回は、お礼郵送にてお願いすることにした。 神棚、仏壇には、不思議体験以後、感謝の念で拝礼するようになった。非物質非世界を知らされたことからな

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 要するにその原因は、おいらにあったのだが。新入学した大連の甘井子国民学校時代には、それとなく満州石油の社宅の裏の丘に登った時に出会った支那人の首吊り死体との出会いがあり、おいらの人間不思議観は、その時点あたりから始まったようだった。  そ

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 生まれ出た瞬間は、無意識だろう。その後、母に育てられ、父は、母に協力する立場であるのは当然だろう・・・で、そのことは、一般的な生活風景だ。  幼少の頃のおいらは、次第に意識が感覚と共に五感に行き渡ることになり、その身近な母を知り、次に父を

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 身体的にも、日々、微妙な体内からの警告が発せられるようだ。特に、80代ともなれば、身体の各部位の変移の警告がある。その警告らしきものは数分で経過してしまう場合もある。 身体全域に対しても変移は自然である。物質である限り。この身も生まれ出た具

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 春はそこまで来ていても、3月から4月初旬のころまでは、春への季節の変わり目のようでもあり、また気温が下がる。比良八荒は、どうだろう・・・ そして今は、三寒四温と言う気温の変移の時季。しかし、近年は、先々の天気が分かりにくい。5、6年以前頃

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 時にはあっけらかん として生きる楽もある。しかし、対物的にはそんなに執着や拘りを持たないのは自分自身を楽にする時もあるけれども、拘りの中から抜け出せない時も有るのは一個の自分自身だからなのかも知れない。自分自身が二、三人以上も居れば、その

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 東日本大地震から7年が過ぎたが、その時のテレビ映像は、今も消えない。頭の中に、脳裏に、残像が居る。その事実は、その時、肉親、家族、親戚、知人などを失われた人々の驚きと精神的ショックは、想像を絶する。 事故、自然災害が突然としてやってくるの

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 ウインディで楽しもうかいの例会も十年以上になるかな。いつものように常連のメンバーが集まり3月前半のおしゃべり会は、お開き定刻まで楽しむ時を過ごせた。話が盛り上がる時 時間の経つのを忘れがちになるほどに思いが入り込むものだ。珈琲専門店ウイン

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 気持ちがわかる。屋台の店主は、フランス人の人だ。そのことは、人としての真意のように思う。それは、また、あるていどは動植物にも言えることのようだ。 言葉以前の思いは、心底に感じ合うことが出来るようだ。「念」と言う文字は、辞書に寄れば、思う、

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 四条通りまでののんびり歩きは、あちらこちらを眺めながら。それぞれの南北の通りは北行き、南行きの一方通行だけれども人通りはそれほどでない。時折、車が通る。その通りには門構えの立派なお家や昔ながらの商家が立ち並んでいたり、間口は狭いけれどもマ

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 世に言うところの公の立場とか名声の高い人などではなく、一般の女性のボランテイア的私がやってあげなくては と言う思いが実践されている現地を見る時がある。テレビ番組であるけれども、人をその思いからその場にいくらかでも助けになれば、と言う思いか

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 日記や雑記などを時に任せてのその思いを文字化して文列するのは、一つの認知症予防対策に連なるように思う。この世で、日常的に自分自身の今と居場所を意識し自分自身を判断して、確認できないような生活は、自他ともに大きな損失だと思う。  そのような

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 天気がいいからなのか利用者はそれほどでもなかった。広く大きな窓際には十数席の小さなテーブルと椅子が並んで居る。数年以前には、月に一回は来ていた。私は、椅子に座って読む時も有るけれども小用でこの図書館に寄る時もある。車を止めて太陽が丘へ散歩

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