mixiユーザー(id:40742891)

2021年04月17日08:41

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一般的日常生活には、実に見えない物聞こえない物は、日々の日常生活には関わらない、のだけれども・・・疑問は深く広い・・・何処までも・・・

 と言う生活意識と言うよりも限界生活の日々であるが、聞こえる範囲内、見える範囲内の日常生活とは、大自然と言う宇宙間でも本当に狭い範囲内でしか生き延びることが出来ない人の人生である。しかし、日常生活者にとって山は高く海は広い・・・何処までも見える範囲で・・・山の木々の枝葉の風にそよぐ山音もその色彩の鮮やかさも、それら見える範囲、聞こえる範囲に日常を過ごして居る。そして一生と言う限界もある。その限界は、宇宙外的にも夢のような日々であり存在があるかないかの日常的現実領域だ。しかし、それらの日々は、人にとって大切な生活の去来に過ごす範囲内でもある。
 この地球と言う青い星は、無限の宇宙空間に無限に輝いているだろう。この宇宙の果ては人間知では依然として知ることが不可能である。しかし、人は、日々に生きなければならない因果を背負わされている。そのことも知ることが出来ない範囲内である。これらのことは、全く非日常であり思う者だけの世界でもある。しかし、非日常は、実在するのである。ただ、日々の生活欲に取り紛れて非日常的な事には疎くなるものでもある。
 人は、生れ出る意識を背負って生まれ出る物も居るらしいが、それなどはまれであるようだと思わざるを得ない。日々に居て、この孤老、人生と言う日々のほんどを終える立場に居る。そして、要は、やはり人間探索の興味に惹かれ続けて何処までも無結論であっても興味は薄れないのであるが・・・根源的な不思議観に、宇宙的な現実を知ろうと絶え間ない日々に居るが・・・ ・・・
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