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2021年02月28日11:21

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吉本興業と聞いたりすると当時の蝶々雄二の漫才学校のバンドマン時代を思い出すが・・・

 60数年昔、ヴァイオリン奏者になりたい思い込みもオーデションを受けたが不合格になり諦めかけた時、高校時代の同級生の合奏友人から巷のヴァイオリン弾きのようなことを依頼され、方々に出かけだしての合奏の日々を過ごして居た。つまり、三流のヴァイオリン弾きだったが、楽しさよりも依頼された思いに夢中だった。バンド編成は全員で7人ほど。大阪の角座、京都の南座が月に一回、それ以外の日はNHKのお昼のラジオ番組の始まりの曲の録音、美松ダンスホールでのタンゴバンドでの仕事、場末の地下の小さなアルバイトサロンでのアコーデオンのおじさん二人でのダンス伴奏などそれでも一年ほど続いていたが、訳の分からないようなことは止めて堅気の仕事につけと兄から言われて、東京へ出かけた。・・・それから、いろいろと様々な仕事もやり、人生経験に明け暮れた日々だった。今思えば。最初に着いた仕事先は、家内零細企業で、看板屋さんだったが、その社長が二歳下の女好きだった。遊び好きでスナックのママさんに惚れてしまい、同棲のための布団運びをリヤカーで手伝われさせられてりし、その結果、そのことがばれてマスターの知り合いのチンピラに銭湯の湯沸かし薪などで叩かれ頭を33針も縫われての大怪我を見舞いに行ったりの経験など・・・金銭登録機の販売セールスも月に百件ほどもやりいろいろ様々な人間関係にも出会った。やがて仕事も固まり西武デパートの宣伝部に籍を置いたが、・・・先輩の二人さんの競馬好きに連れられての日々に夜の飲み歩きにも連れられて朝方4時ごろ部屋に帰り3時間ほどで出勤と言う生活も続いた時もあったり、と、昔を思い出すことがある近頃・・・そして、ある程度、人を見る目が蓄積されてきて、いろいろと思いは駆け巡るようになった。・・・人間探索のきっかけは、それらの体験からも含まれている。
 電車の中などでも、人との通り過ごしの瞬間でも、その人を咄嗟に感じる時もある。どういう人かを・・・それらは人間探索に組み込まれることもある。・・・人は、それぞれで、その在り様が露呈している時にも出会う物だ・・・一言、二言の会話で、その人が見えてくる時もあったり、その文章からも、風貌だけでも、その人柄が見える時がるものだ・・・


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