mixiユーザー(id:40742891)

2021年02月27日11:42

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日々、それほど物事などに集中することもなく過ごして居ると・・・

 視野が広がり広がって非日常的思いが広がる・・・そして、定年後のその日に出会った不思議体験、幽体離脱経験を思い出す。夏の朝方のうつらうつらの半覚醒時、私が私の寝姿を天井の方角から眺めていた時を再思する。その時は、その瞬間だったように思うが・・・その時、不思議観は、全くなかった。ただ、どうしたのだろうと思って居たように思うが、思考回路は、睡眠中だった。考えたり思ったりのない夢中だった。
 今に思うのだが、考えるとか思うというという欲が無かった朝の一時だった。つまり思うとか考えるとかは、次にその欲をかなえるべき始動への念の言葉化であったように思う。念は、具体化して言葉として作用する。その日常性・・・言葉は、突然にどこからとなく飛び出してくるものではない考えるのだが・・・その言葉の生まれ非領域のような言葉以前が有ることだ。言葉に出会った昔、その因縁により文字言葉に出会ったのである。それ以前は、文字言葉の外である。また、外出するとそれらの場面物質に集中せざるを得なくなるから部屋オタクに入り込むことの間をするのであるが・・・日によっては、非日常と日常の交差が目まぐるしい時に出会う時もある。で、非日常から日常に戻ると日常の単純さにもどかしさを感じる時もあるのだが・・・
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