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2016年09月29日05:25

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昨夜は10時前に寝たからか・・・

 今朝は4時前に目が覚めて寝床を畳んだ。亡妻が健在だった時には、今朝のように早起きはできなかった。おいらが、ごそごそ音を立てていると「もう起きたの!・・・」と咎められたこともあった。
 朝は、静かだから、ちょっとした音でも聞こえるらしいし、耳は、うつらうつらしている状態では聞こえるらしい。
 今は、亡妻は、写真の中で微笑むことしかできないので、気ままにできるが、何となく侘しいものだね。孤居は、本来の人間の姿だと思うのだが・・・人間とは、人との間の存在とも読めるけれども、そんなものなのかな、と思う昨今でもある。
 朝、早い時などは、テレビの声を聞きながらパソコンの前に座って居る。まだ、朝食には時間的に早いのと、朝の習慣的な時の過ごし方になって居るようだ。今朝は、散文が、浮かばないから・・・何となくの朝である。・・・
 最近、散歩に出かけて居ない。何だか億劫なのが良くないのだが・・・また、どこかへ出かけなきゃ、と思うのは、人間は、人間と言う「動物」であるから動きまわるのが本来の姿で自然なのだが・・・時折、思考世界に入ってしまうと、食事も忘れてしまっている時が有る。中学時代からの日記類も相当廃棄処分にしたが・・・不思議体験後、文字化できない場面は、最近はないが。

  しかし、文字列表現と言っても限界がある。その断片の二次元的表現に終わらざるを得ない。その瞬時は、連続して行く多次元であり、二次元的言葉表現では表現を完結させることは不可能である。
二次元的表現で巧妙に文字列を並べることで読者は、読み入ることが出来るのである。そして、その著者の名声や文豪と言う過去の出来事に魅せられて古き時代を懐かしむのだろう。
 今、音読と言うことを耳にする時も有る。う〜ん・・・いいかもね!・・・音の世界が入って三次元化してくるのも・・・以前に、その方に聞いた話だけれども、文字列表現と話し言葉には大きな差があると言うことなのだが、確かに、文章など文字列は縦横の二次元的平面世界に対して話し言葉には情感が入り音の世界とその人の表情も表現される。雰囲気などは、多次元的であるから、文字列など及ばないが、文章には、想像できる余裕もあるけれども、やはり、多次元的な場面に魅力を感じ情感を豊かにくみ取れる情念の世界に浸ることが出来る。
しかし、文字列の多次元化はできないものだろうか・・・文字列から想像世界はいいけれど・・・
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