mixiユーザー(id:40742891)

2016年09月14日08:34

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自分自身のことは、自分自身が一番よく知っているという日常性・・・

 そのことは、知っている範囲で、知ることが出来ていると言うことであるが、単純比較と言う実体のない不安定なものである事である。言い方を変える時、そのそれら、つまり、己自身達と言う不思議な表面を誰よりもよく知っていると言うことであり、その非物質的深遠は、自分自身も知ることはできないのである。
  
 人々の内々は、知ることのできる物質的範囲で日常生活の過ぎて行く時を持ち、物質の中に混ざりながら、流されながら、文字言葉と共に彷徨する成し遂げと言う成果を求めて・・・過去を懐かしく思い、未来に羽ばたく快挙を思う存分期待しながらの日々が過ぎて行くのだが・・・
 
 夢の中の夢を求めて、人々は偉大なる結果に夢中であったり、その具現を偉大だという言葉表現に酔う・・・文字言葉を使いながら、人々は、文字言葉に支配されることを記憶することから忘れるのである。疑問を持たなければならないことに疑問を持たず、単純な疑問に時間を捨てながら、その疑問は、疑問に有らざることに気がつかない場面に出会っている。その疑問の根源を求めることに人の生き様が見えてくる時も有るかの如き往来が困難なのだとも思うけれども・・・俯瞰的広角から眺めれば、人間とは難儀なものでもある。と言うことにおいらは置かれてしまうのである。
 まあいいか・・・物物に浮かれながら快く行けばいいさ・・・
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月14日 09:48
    「音楽」はある振動を空気を通して、波として伝わってくるものだから、非物質とはいえないと思うが、なにか非物質が含まれている時があるように私には思えます。どう思いますか?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月14日 11:55
    私の不思議体験から気が付いたことですが、大きく分けて物質と非物質から、人は存在していると考えて居ます。そして、振動振幅波は音以外にもありまし、音波も一般的に日常生活では、聴くことはできても、見ることは、モニターのような映像機器でしか見えませんが、まだ、今のところ、その映像も、初歩的段階です。
    深遠は、喜怒哀楽なども非物質的なことですが、「音の楽しさ」には、見えないことである非物質が内在していると考えて居ます。ですから、「音楽」にも、非物質は必修として内在し、音を楽しく聴かせてくれていると思います。

mixiユーザー

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