mixiユーザー(id:40742891)

2016年09月12日08:19

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家での手料理には、意外とパワーが必要だね・・・

 まず、その料理の食材と調味料など・・・その手順・・・サ、シ、スなどの順序もあったり・・・火加減・・・などなど、ただ夢中で手料理作業に没頭させられるが、手料理の出だしから手料理が仕上がって、食事して、食器の洗い物まで、少なくても一時間以上かかるものだ。
 しかし、つい、面倒な時も多々あって、その時は、食品売り場で出来合いの数ある中から、いろいろと惣菜を探すのだが、これも、あれやこれやと、目移りもあって、売り場内では決めにくいものだから、前もって、メモ帳に買う物を書き込んでから出かけるのである。
 
 毎日の朝、昼、晩の食事は、家内が健在だった時は、すべて段取りして食事を作ってくれていたので、食事に関して楽をしていた。
 しかし、家内に、あっちに逝かれて、これも孤老の試練なのだ、と思う他はないのだが、考えてみれば、衣食住の内、衣は、人様に不愉快な思いをさせない程度に身を装おうことですむだろうし、住は、住み続けている家に居るのだから、それなりで、と言うことだが、食は、一定の主食は別として、副食の惣菜や食材などを変えなくては、と思っているから、レシピどうりにはできないので、我流の手料理になる。それでも、あれやこれやと失敗しながら、それなりに上手になって居るのかな?・・・と思う時も有る。
 おいらは思うのである。日常生活とは、基本的に、食である、と言わざるを得ないのではないだろうか、・・・食によって、この身体を維持しなければならないのである、と・・・家内の存在を、これまで、空気や水のように思ってきたが、家内に他界されて、このことは、間違いであったと、想う時も有る。・・・
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月12日 09:16
    私奴などはリタイア直後に、「朝食作りはアナタの仕事」という風に飼育されました。
    今では、朝食つくりは勿論、女房殿の外出の折は、殆ど夕食つくりも私奴の仕事と飼育されています(^^)。
    (確かに、生きるというのは、食べることです)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月12日 13:06
    そうでしたか。私としては、男も料理をすることは、いいことだと思います。料理は、基本的に体力が必要のようですね。体調がよくなかったり、気分的に優れない時は、料理作りは困難ですね。私は、常に、私が料理を作らねば、食事ができません。いろいろと試行錯誤の日々ですが、自己流の料理ばかりです。やはり、日々、食事が基本のようですから食事を少しは機嫌よくできるように励んでいます。(笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月12日 15:38
    食べるのが面倒になった昨今です。
    料理はヘルパー任せだけど、何を作ってもらおうかを考えるのも疲れました。
    今更ながら女房の有難味を感じます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月12日 18:39
    私の場合は、八十二年間の朝、昼、晩の食事の時間帯が決まったままですね。現役社会人の時の食事習慣は、今も日々の生活に習慣化して居てそれなりの食事習慣を続けています。食事を作った結果の味に興味が有りますから、そのことが、手料理などを作らしているのかもしれませんし、現役社会人の時でも、休日に、餃子を自家製の皮から作った時も有りますし、中華系のチャンハンや焼きそばカレーライスは、私の得意料理でしたね。その当時、子供たちがお父さんのは美味しいとよく言われました。女房も子供と一緒になって私の休日料理を喜んでいました。

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