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2015年05月27日09:25

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テレビ映像のバラエテイ化・・・

 ニュース項目も毎回十数項目以上のバラエテイ化を余儀なくされているけれども、各項目ごとの時間も数十秒から二、三分あたりが限度時間で時間制限内の事情、状況説明などでニュースとの出会は終わる日々である。その中身は殺人、死亡事件、事故、地震、自然災害、国際国家関係状況日常的非日常的各分野的ニュース類が映像化されて居るけれども、それらニュース類の視聴率は大変低いようだ。新聞類も読まない興味がない年代があり、本売場でも週間雑誌類の前には人だかりの傾向を見る。また、それぞれのニュースキャスターにも問題があるけれども個人的な知識群には限界が有るのでいたしかたがなくカメラ角度の云々は多を要求しがたくそれぞれに再生思考しながらの見聞になるのだろう。
 ニュースの中の殺人事件、死亡事故なども他人事でいたしかたの無いことである昨今であると思うが、十数項目のニュースなど、どうしても聞き流しになってしまう日々の生活の忙しさなのだろうが、しかし、心使いはそれらのニュース項目に浅い時を聞き流す程度に右の耳から左の耳へと流れ消えてしまうようだと想像せずにはいられない思いである。
 今の人々は、その殺人事件などに関して感情的恐ろしさを感じることをするけれどもその理性で思考することに乏しさを思う。特に人の命に係わる事件類には関心が薄いように思う。しかし、その専門分野の司法検察弁護などにおいてもその時点における意識に思い入り、思い込み、刷り込みなどあまりにもそれら学識専門的一点による依存度が高すぎる偏りを覆う時も有る。最近は日常的非日常ではないと思う専門領域であるということであるが、それらの専門分野とは、その一点的にフオーカスされている視野でもある今がある。人間世界的広角ではないのがそれぞれの一点的学識専門であるのであるが、上下左右前後的視野からの人間生業を感知する立場からそれら専門分野的思考がなされるべき時代だとも思うのである。
 その一点への思い入りのその一点的視野の結果には将来へ問題課題を引き起こす確率は高いと思う。可能な限りの広角からのその一点専門分野での判断の的確性を思うのである。常に、それら専門分野においては、大前提として人間存在を念頭に広角であることが望ましく思う・・・有識者など全ての学識において、具体的には、人間に関する小論文を知識の基本に起きたいと思っているのである。あっかんべー
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