mixiユーザー(id:40742891)

2015年05月23日10:10

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また一つ数字の1がプラスされが・・・

八十歳と八十一歳なども、年齢数字的表現形式としてと政策制度的規定場面で相違されるものだが、日常生活そのものは変わらない。しかし、過去から毎年、微々として意識的感覚的には具現化されない日々であるが。微々たる生体的警告は無きにしも非ずである。以前にも日記に書いたが、このことは、生まれたての赤子にもある。ただ、感覚的に未熟であるからだし言葉も未熟である時期でもある。

生まれたばかりの赤子が成長してやがて大人へと成熟するという言葉表現は、文字言葉としての表現領域である。言葉表現に関しての私感は、以前にも書いたが、文字言葉類は、物質である物であり、非物質存在肯定者として仮の姿に関しての思惑でもあることになる。
 日々は、日常生活としての現実であるという表現言葉であるが、その現実日常生活は、一つの角度から眺める時、一つの夢であると言葉表現できるのであると思う。
 睡眠中の夢や、過去の夢あり、未来の夢ありなど、夢に関して思考世界はそれぞれであるけれども・・・どの夢もそれぞれである。それぞれの結論は無数である。数えきれない。今は、現実であると言葉表現しながらの夢でもある・・・例えば、「夢」と言う文字言葉も、人間に与えられた不思議な物であると考え思う・・・日常生活においては不思議とは思わないけれども・・・それは、肉欲に従わざるを得ない大方の日々であるから・・・そして、不思議に思う暇もないほどであるから・・・あっかんべー
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