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2015年05月08日08:34

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94歳の先輩、ここ四、五日家の車庫に車がない・・・

 娘様が滋賀県からお出での様子で、近年、両杖を頼りの日常生活だったが、出会うといつも笑顔で対応された。実家は寺だとかおっしゃっていた。「寄る年波には勝てんわい・・・」と言われていた。
 奥様は、在職中に他界され、買い物は、数年前から足が弱っていて、いつも車を運転してスーパーへ行かれていたが・・・その後、彼女介護と連れ立ってスーパーに買い物などを時々見かけたが「お互い年だからね。足元に気を付けて生活しましょう・・・」と立ち話などしていたが、認知症の気配はなかった。補聴器も必要でないようで気は確りされていたようだ。ここしばらくは静かにお休みなさるのがいいと思う。そのうちにまた活動的に生活される時も来るように思うが。
  人にも初めが有るのだからその終焉もある。一切の物には具現消滅のサイクルを負わされている。具現する時に具現化し、消滅の時が来れば消えて行くのである。
 地球星も数十億年以前に具現化した物である。何十億年後か知ることは不可能であるけれども、地球星も消滅する時を迎え、この太陽も燃え尽きて終わり、また再生されて太陽光を照らすことをするサイクルである。日常生活でここまで年老いてくると具現消滅を肌身に感じる時に出会うのである。若き時にはパワーがあったが、自然の流れには逆らえないが、人間欲は花を再び咲かしたいための処方に躍起になるのであるが、悲哀であるとしか語れないのである。しかし、業欲肉欲は底を知らないのである。次の世までもひっさげて逝く者も居るらしいと聞く・・・え!・・・ほんとかな?・・・
このことは仏も許すか・・・ しばらくは・・・ その肉欲を・・・最近、このようなことを時々思い考えるようになった・・・終末の思いかな、その悲哀・・・死んでも生きたい人間の性か・・・あっかんべー
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