昔、社長室に血圧計が置いてあった。高齢者の社長には介護の仕事をする秘書が必要、高齢者もよい判断は活かす。しかし、高齢化で判断できない点など時間や環境によって異なる。介護士兼秘書のサポートによりリスクを減らす。高齢者の引退時期は自分で判断でき
週末にネットニュースを配信しているへんしゅうちょうの講演をしきる。公園前にいろんなことを話したが、できるべきことは一つしかできない、決して人の意見を聞くことはできない。もっと発展の余地はあるのに、なぜ電話に出てくれないかが理解できた。もう一
facebookやtwitterなどこれからは成長した時点からデータが残される。今の人はネットの振る舞いは残る。つまりいずれは個人のネットの振る舞い方を学習してネットが疑似的に個人を模倣することが可能になる。例えば次の世の中は亡くなった人からも疑似Lin
ニュースに表題のことが出ていた。認知を防ぐためにいろいろ考えているが、PCを使うことが役立つのは私にとって一石二鳥、病気も怖いけど認知も怖い、神様は死の恐怖を打ち消すために認知を麻薬のように与えたかもしれない、もっと精神的に豊かに死ねる道を
高齢者を見ていると何か話さなければと考えるとたいていネガティブな言葉が出てくる。だからと言ってその人の考えを全部否定してはだめ、その中から何かを見つけ出す。ネガティブな言葉で怒ってしまってはなんにもならない、怒りは思考の中断と考え、もっと深
常にやる前から失敗したときの言い訳を考えている自分を見ると嫌になる。そのために他人に宣言して退路を断って自分が今できることをする。時間がないからもっと真剣に生きたい。
若い人が伸びているときはトップが高齢でも躍進ができるが、若い人が少なくなり、停滞組織では高齢トップを支えきれない、人事流動も少なくなり、不正が起こりやすくなる。東芝や石原元都知事の問題もスタッフの力量の問題も含まれている。全般に日本人の力が
年を取ると記憶があいまいになる。それをもとに言い争いをしてしまう。自分の記憶もあいまいで相手もあいまい、曖昧同士は妥協がない、自分の記憶力がないのを理解することはできない、年を取った時は若い人以上に整理することの重要性を感じる。自分の周りを
年を取るとなかなか判断できなくなる。そして最後は家族に頼ってしまう現状を見ると老人に入る寸前のところでもう少し広い選択肢が欲しい、周りを不幸にしすぎるのは避けたい。
小学校へ入学し、義務教育が開始される。その逆で年を取ったら義務老後ということが必要かもしれない、今まで生活してきた人と付き合うのではなく地域の方々と付き合う学校のようなものでお互い助け合いながら残りの生活を楽しむ、可能なら自分の意思で老人ホ
頭が良いとか悪いとか人は良く考える。頭が良い人は自分と比較し、優越感に浸る。自分に生きて来た確信を認識する。頭の悪い人は頭の良い人をどう利用しようか考える。だけど元から頭の良い悪いの判断が何の根拠もないのに往々にしてこの場面に直面することが
昔めいっぱい働いていた時は携帯を枕元へ置いて寝ていた。何か問題が起きると何ができるわけではないが、事実認識とそこで対応できることを考えることができることはあとになって対応評価に大きく影響を及ぼす。問題が起きると若い人はパニックに陥る。それを
もう関係なく、商用化されたお祭りと割り切って考え、騒ぎの外に、最近、ハロインや恵方巻も含め後からできたお祭りには何か冷ややかに見る癖がついた。バレンタインデーはわりと昔からあるイベントだが、何か歴史的重みがない。一つ一つときめく心を捨てる人
昨日は泳いだ後自転車で武蔵境まで、疲労困憊、疲れが取れない、疲れて体がどうしてよいかわからなくなっている。疲れる前の自制が利かない、何か体が変だ、
年齢の高い人に多く見られる。人は思い通りにならないと怒り出す。これは思考の限界による混乱より避けるための安全弁として相手が悪いと結論付ける自己防御でないか、
人は親の死に目に会いたいというが、最後に親とlineをしたかったとは言わないと考える。やはり、対面のコミュニケーションには人が存在してから続いている本質があるのだろう。
年を取るといい加減になるから注意したい。自分は経験豊富だから直感は正しいという思い込みが強く、疑ってかかることをしなくなる。若いときは何でと繰り返し考え、力尽きて最初の答えを選択する経験が響いて深く物事を考えることをしなくなる。たまには無駄
大学の環境に病院をつけたら最高の特養ホームではないか、研究したい人は研究を、働くことも可能、最高の姥捨て山を作ることを考えてみたい。
家内が医者に行くのに付き合って、その帰りに吉祥寺に行く、買い物にも付き合わされたが、体力が持たない、すぐ、疲れが出てしまう。齢だね、その疲れがなかなか抜けない、この疲れが抜けないからだとどう付き合っていこうか、
世の中に銀行がないとお金の管理や払い込みができなくなる。そのシステム代や従業員の費用を払わなければいけない、運用益で済ますことができない点に問題がある。一度振込手数料を決めるとそれを崩すことがない、運用益だけで営業する銀行が出てもよいのでは
以前に働いていた宿場の仲間とどう付き合えばよいのか、仕事を必死になって頑張ってきただけに捨てがたい、相互に協力した仲間であるだけに割り切れない。もう過去の話と思っても時々振り返る自分がいる。いつか忘れ去る日が来るから今を真剣に生きることに専
プログラムを組む時いかにやりたいことを分解できるかで、できるかできないかが決まる。できる範囲とできない範囲を見極めできる範囲を取り組み次に出ない範囲をまたつぶしていく、繰り返して臨むと先が見えてくる。焦るな。できないとあきらめて放置するな、
順調に回復している。しかし、失明する危険もある。いろんなことが後からわかる。治療の前にいってほしい、
検査で一喜一憂するのは避けたい。一つ治療が終わると次の問題が発生し、つぶしきれない時が人生の終わり。割り切って考え、できることに挑戦する姿勢を持ちたい。
朝から3冊読んだ。世の中にはいろんな知識があることを改めて知った。いろんなチャンスがまだあると感じ始めている。もっと突っ込みを多く、真剣みを持って進める。
この頃集中力がない、本を読めば目が疲れる。体を動かせば長くは続かない、粘りがない、一つ一つ進めるしかない、一つ覚えると2つ忘れる気もする。