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2015年03月31日21:33

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フルトヴェングラーのバイロイトの「第九」。ハムの痕跡で分かる事

 ベートーベンの「第九」の名盤として、今でもフルトヴェングラーが振った1951年のバイロイトの演奏は有名。クラシックの中古レコードは、意外とジャズ程には値段が高くない。$1000するのは珍しい。
この時の「第九」のオリジナルであるEMIのレコードは、その珍しい一枚。復刻のCDは、どれだけあるのか分からない程に出てる。

 うちにあるのは、ドイツ盤のレコードWALP1286とアメリカ盤RCAのレコードLM6043。これならば$50はしない。EMIのレコードALP1286とどれだけの違いがあるかと言えば、微妙。こういうモノラル時代の音源は、テープに残る電源のハムの痕跡で、幸運にもかなりの確度で編集の履歴を追跡できる。

 大本のALP1286はちょっと手が出ないから、TOGE11005のCD層で調べてみたら、低音は切っていないようでハムの痕跡が残っていた。CDの場合、編集で切られている場合が多い。
これでダメならば、ALP1286からの復刻CDをあれこれ探すしかないので助かった。

 常識的に考えるならば、本家のEMI(当時はHMVかな)がドイツやアメリカにライセンス供与した音源だから、マスターをコピーしたテープを送る。それで両者を比べてみたら、予想の通りだった。青がTOGE11005、白がWALP1286。
50Hz近辺に、EMIは二本、ドイツ盤のWALP1286は三本痕跡が出てる。49.9271Hzというのが、コピーした時に増えた跡。
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 アメリカ盤のLM6043は、少し違う。青がTOGE11005、白がLM6043。アメリカの電源の60Hzが、更に一本増えている。理由は、当時としてはハイテクな編集をしたから。
アメリカ盤が出たのは1956。EMI盤が出たのは1955。この頃の編集とは、基本的にハサミ。
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 後のカラヤンの様な、間違った所を別の時の演奏で電気的に置き換えるような編集は、ほとんどない。置き換えられるような具合の良い演奏のテープがないという事もあるし、考え方として、編集という発想はあまりなかったと思う。間違いも演奏の一部であるというような感じで。

 一部分だけを差し替えている場合、演奏の問題ではなくて、テープがワカメになってしまい仕方がない、という理由ではないかと思う。そうでなければ、そのままにした方が傷は浅い。
アメリカ盤は、新しい物好きらしく、電気的な補正をしている。

 この1951のライブ録音は、同時代のスタジオ録音に比べると、少し質が落ちる。途中から合唱やソリストが入ってくる大編成の「第九」は、まだまだ録音技術が追い付いていなかった面もあると思う。
アメリカに来たのは、オリジナルから二回コピーしているので、その点も不利。当時RCAが出していたリビングステレオと比べると、相当に落ちる品質。

 なので、一回コピーする事になるけれど、電気的な補正で何とかならないかと目論んだ模様。送られて来たテープを再生して、電気的補正をしてから、再録音した。今で言う所のイコライザーを入れて、少し高域の補正をした。そんな特性になっている。
聞いた感じでは、それが成功したのかは微妙な感じだけど。

 ともかく、そんな経緯でアメリカ盤は、オリジナルから三回のコピーを経ている。ドイツ盤は二回。EMI盤は一回。少ない方がやはり好ましいから、EMI盤に一日の長があるのは確か。EMIのALP1286を直接調べてはいないけれど、EMIに残るマスターが一回コピーしたテープなので、レコードもそうでしょう。

 そしてEMI盤のCDを初めから終わりまで細かく調べていくと、四か所でハムの痕跡に違いが出た。こんな具合に、痕跡が一本だけになる。青がEMI、白がドイツのWALP1286。当然、白は二本にならないと変。
ドイツ用にコピーした時についたのが49.9Hzなので、こちらが残るのは正しい。辻褄は合っている。
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 しかし部分的とはいえ一本というのは、少し驚き。ハムの痕跡は他の事例でも辻褄が合っているので、信用できる。一本とは、当日のバイロイトの会場で収録したテープで、一度もコピーはしていないオリジナルという意味。
アメリカのRCAのような編集をすると、痕跡が一本だけのテープは作れない。これを作るためには、オリジナルのテープをハサミで切って、一度コピーしたテープの一部分と差し替えるしか手がない。

 ハサミの編集は、電気的な編集とは違って破壊編集なので、この場合オリジナルのテープはもう使い物にならない。部分的に欠けているので、もう捨てるしかない。残るのは、一度コピーしたテープと、一部分だけがオリジナルのものだけ。これが今に残るEMIのマスターテープ。
当時のオリジナルマスターがあまり残らないのは、ハサミによる破壊編集の影響はありそう。

 色々な可能性を考えたけれど、ハムの痕跡が一本のテープは、オリジナルしか考えられない。一度コピーすると、ほぼ間違いなく痕跡は一本増えるので。
そこで新たな疑問が浮かぶ。痕跡が一本のテープはオリジナルであったとして、この時の「第九」にはもう一本の録音テープの存在が知られている。リハーサルと本番の二本のテープがあるのだと。

 そのもう一本の録音テープは、ORFEOから最近CDで出た。うちにあるのは輸入盤でC754081B。日本版でも中身は同じはず。フルトヴェングラー関連の協会からその前に出たのとも同じ。
このORFEO盤とEMI盤は、完全に別の録音。耳で聞いたのではサッパリ分からないけれど、目で見ると明らかに別物。

 目で見るとは、楽器の音程が変わる時刻を、比較するという意味。適当な音声編集ソフトがあれば、簡単な話。うちにあるのは、iZotopeのRX4。さすがにフリーウエアでは難しいかもだけど、$400ぐらいのソフトならば問題なし。
聞くのは無意味。両者ではイコライジングが全然違うので、音自体は完全な別物。但し、音程の変化点は不変なので、これを目で確認すれば相違が分かる。あくまでも目で見る。

 どちらが本番かというのは主観なので考えない。両者が別物であることだけは間違いがない。なので、差し替えに使ったテープとして、ORFEOとEMIの両方が考えられる。同じようにして目で両者を確認したら、驚くべき事に、四か所のうち三か所はORFEOと一致した。つまり、今EMIの持っているマスターは、三か所にORFEOの音源が入っている。ORFEOで差し替えている。

 具体的な位置は、EMIのCDの時刻で、三楽章の9:18から10:44辺り、三楽章の15:27から16:04辺り、四楽章の9:49から10:02辺り。これはFFTの解像度を目一杯上げて、ハムの痕跡を辿って見つける。その関係で、二秒ぐらいの誤差は出てると思う。
この時間内では同じ演奏なので、EMIとORFEOのピッチを揃えて上下に二つ並べると、楽器の音程が変わる時刻は一致する。

 ここを十秒ぐらい過ぎると、もう違う演奏なので楽器の音程が変わる時刻は、微妙にずれていく。人が演奏しているので、必ず部分的にはそうなる。全体の演奏時間はそこそこ同じになるけれど。

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 少しわかりにくいけれど、こんな感じ。青の線の所は、上と下でほとんど同じ位置で音程が変わる。オレンジの色の濃さはイコライジングで変化するので考えない。オレンジの縦に走る線は、たぶん弦楽器のピチカート。ピチカートの位置がEMIとORFEOは同じ。下の数字が時刻。

 緑の線の所は、既に編集点を過ぎたので両者は別の演奏。なので、下で変化が始まっているのに、上では0.5秒ぐらい遅れている。別の演奏なのでこうなる。耳で聞いても無意味。百聞は一見にしかず。音楽を聞くならば耳、測るのであれば目。両者は使い分けないと意味ない。

 三楽章の9:18から10:44辺りは、客の咳が多い。EMIの9:20、9:23、9:44、9:45、9:55、10:27ぐらいで聞こえる。ORFEOだと、これよりも五秒ぐらい早い所から始まる。9:55は、EMIでは消したみたい。WALP1286のレコードでは入っている。耳でもこれは確認できるけれど、編集位置の始まりと終わりは分からない。

 残る一か所は、一楽章の0:38から0:52辺り。ここだけはORFEOと一致しない。ハムの痕跡は一本だけなので、残る可能性はEMIのオリジナルを切って差し替えた。これはコピーの元なので、確かめるすべはない。音としては同じだから、テープがワカメしたので差し替えたのかなあ、としか思えない。

 因みに、四楽章の9:49から10:02辺りとは、よく言われているvor Gottの所に近いけれど、合唱ではなくてソリストが歌っている所。Kuesse gab からvor Gottまで。人の声の音程変化はとても捉えにくいけれど、ここで間違いない。

 合唱の終りのvor Gottは、確かに少しクレシェンドしている。しかし編集でこの細工を入れるのは、まず不可能。これは電気的な編集なので、コピーする時に一発勝負で入れるしかない。これだけの微妙な変化を、電子制御ならば可能だろうが、当時のフェーダーの指さばきで入れるのは無理。

 更に、クレシェンドした後で僅かに下がるのは、最後の息を使い切ったからであって、人為的なフェーダー操作で付けられる変化ではないと思う。フルトヴェングラーの演奏でこういう例はないとの話だが、フェーダー操作云々は別の事例と混乱したのでないかと思う。
そしてORFEO盤には、とても不可解な点がある。

 EMI盤とORFEO盤が完全に別の演奏であることは、一目瞭然で見れば分かる。そして、あれっと思う。ORFEOの特性は明らかに変。両方とも初出のレコードを基準にすると、かなりイコライジングしている。
それは、CD復刻では当たり前。但し、ORFEOは高域が落ちすぎている。こんな感じ。
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 ORFEOは、8kHzぐらいまでしか帯域がない。さっきのオレンジ色の時刻変化の図でも、下のORFEOはそのぐらいで切れている。EMIは普通に出ているのに。
左側のEMIとレコードのWALPの特性が違うのは、EMIの高域補正とおそらくコピーによる劣化などの影響。右のEMIとORFEOの場合は、ORFEOの特性が異常。

 元々ORFEOはEMIよりも補正が強いので、8kHzぐらいまではORFEOの方がレベルが高い。それがガクンと一気に落ちる。通常のCD復刻では、高域を上げる事はあっても下げることはない。そこが売りであるので、元々ある信号を消したりはしない。
もしもORFEOがここを落としたならば、無音の部分にもその跡が残るけれど、その形跡はなし。部分的に特性を変えた形跡もなし。

 考えられる可能性は、最初からORFEOの音源には8kHzから上はなかった、という事。実際、EMIが自分のマスターのために破壊編集をしているので、ORFEOの音源は少なくとも二つないと話が合わない。
EMIが使ったテープと、バイエルン放送で見つかったというORFEO盤の音源の二つ。EMIが使ったテープは、編集箇所で見る限り、他の所と同じ特性。

 ORFEO盤の演奏は、EMIが使った普通の特性のテープと、バイエルン放送で見つかった8kHzまでのテープの二つがあった、という事。そして、ORFEO盤もCDながら、珍しくハムの痕跡が残っていた。痕跡は、一本だけ。コピーはしていないテープ。だからEMIが持っていた普通の特性のテープからコピーはできない。

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 なんでORFEOは8kHzまでしか帯域がないの???
録音したテープ、若しくは簡易録音装置に問題はない。レベルが高くなってくると、ORFEOでもしっかり20kHz近くまで信号は出る。右が低レベルの時で、ほとんどがこの状態。稀に高レベルになると左のようにちゃんと出る。
どうも-100dBぐらいが録音装置のノイズレベルで、それより下の信号は録音できない。

 何故そうなるかは、8kHz以上を20dB以上は落としてしまうフィルターが入っているようなので。レベルが高ければ、これだけ落とされても-100dBぐらいのノイズレベルを超えてくるから、録音される。
通常これはあり得ない。音声の常識ではありえない。

 ここから先は推測。
8kHzの帯域として考えられるのは、まずアセテート盤。これは当時の標準的な録音装置。60年代に入って、ビートルズのレコードにも少なからずアセテート盤がある。でも針音がかなり出るはずだし、音声系の機器ではここまで一気に特性は落ちない。

 テープレコーダーは当時とても貴重品。EMIですら使い始めたのは49年の終り頃。敗戦国のバイエルン放送が持っていたかは疑問。特性はテープレコーダーみたいだから、そのテープレコーダーの原型であるドイツのマグネットフォンを、どこかで調達したかもしれない。レベルの高い所ならば、EMIの録音と遜色ない。

 しかしテープレコーダーを使ったようなのに、8kHz以上が20dB以上は落ちている。こういう特徴は、音声系ではなくて無線系。無線は混信しないようにアッサリと帯域を狭める。音声系ではほとんど使わない、共振型のフィルターで落とす。
これは一気に落ちた後で少し上がってくる場合が多くて、ORFEOにもその傾向がある。可能性として、生中継でもしたのでないだろうか。

 バイロイトは戦争中ナチスの溜り場で、第二の首都のようであったとか。ならば、ラジオの放送所があったかもしれない。ラジオの中継では臨時の回線の確保が問題で、常設の回線が放送所までないと普通は無理。これだけの帯域は出ない。
戦争中に放送所を作っていれば、回線の問題はないので、たぶん中継放送はできる。

 AMで出す場合、今でもだいたい8kHzの帯域が標準。混信防止のために、音声系では使わない、かなり一気に落ちるフィルターを使う。レベルが高ければ20kHz近くまで録れているので、放送波ではなく送信機送りの出力を録ったのでないだろうか。
それならば帯域制限のない所で取れば良いのにというのは、後付けの話。録るのは初めての事だろうから、何処で録れば帯域制限がかからないかなんて分かんないのよね、現場では。音が出てれば良しとするもの。

 ORFEO盤は、四楽章でかなりレベルを触っている。ピアニシモで聞こえなくなるので上げたように思う。ならばラジオで放送波を聞きながら、フェーダーを上げた可能性は高い。ぶっつけ本番でやっつけたように、好い加減な所もある。
録音を後で放送するのなら編集するので、もっとうまく直す。テープの痕跡から編集ではない事とも符合する。

 事実としてハッキリしているのは、ORFEO盤の帯域は8kHzまでしかなく、とても狭い。それでも適当にイコライジングすれば、そこそこ聞ける程度にはなる。EMI盤には、ORFEO盤の一部が三か所で使われている。テープがワカメしたのでないだろうか。
その編集は、1951のバイロイトを出すしかなくなった、フルトヴェングラーの急死後の1955頃と思う。だからコピーを取ったのは、比較的1951に近い頃かもしれない。

 当時の技術的状況と、テープに残るハムの痕跡とを矛盾なくつなぐと、こんな仮説。EMI盤の編集箇所に関しては、まず間違いはない。楽器の音程変化とも一致するので。バイロイトの会場から常設の回線があったのかは、ドイツ語が出来れば調べられるかも。
蛇足ながら、始まりの足音に関しては、当日に録音したものと思われる。何時の時点での足音かは定かでないにしろ、オリジナルのテープにこの足音はあった。バイロイトの会場での足音であるのは確実。




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