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2017年04月20日03:39

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告知  5月11日(木)、第1回第1回夏目漱石研究会を行う。   塩見孝也

<夏目漱石研究会>は5月11日、第1回「夏目漱石研究会」を行う。  
 去年から今年に掛けては、夏目漱石生誕150周年、没後100周年の年であります。僕らはこの年を記念し、「夏目漱石研究会」を発足させ、日本近代が生み出した第1等の偉大な思想家、文学者・表現者、哲学者である夏目漱石の文学的著作、エッセイ、文学的評論、或いは彼の生涯にまつわる関係文献も検討し、丹念に辿り、(批判的に)研究し、漱石近代文学の総括に決着をつけ、今、わが日本国が遭遇している未曾有の事態を突破す礎石の一つに打ち据えて行きたいと考えます。
 日時:5月11日(木)、12:30〜
 場所:清瀬市北口「ジョナサン」 研究対象 :「我輩は猫である」「坊ちゃん」 今後、漱石の作品を2作品毎位(関連関係を精査しつつ、それが、三つになったり、二つとなったり、ひとつとなったりすることがある。第1回の後、その都度、決めてゆきます)2ヶ月に1回位の順、ペースでに抽出し、議論してゆく。
 講師:今回講師 は白瀬武美氏(テキスト配布)です。 司会 塩見(090- 8486- 4674 , 参加申し込みには大いに門戸を開き、談論風発・百家争明を旨、原則としますが、状況の如何では、制限もすることもあります。 )
  





 
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 04:10
    おはようございます、塩見さん!

    夏目さんは50歳を一期にされておられましたか。。。 


    武蔵国江戸牛込馬場下横町にCE1867年2月9日出生、満49歳で1916年12月9日に没、とあります。 50歳で遠行、今の感覚ですと、ずいぶん、若死にされた、という印象で、正直、驚きました。 大家の風を感じてはいましたので、遠行時は70歳手間位の感覚でいました。 

    ご盛会を祈ります クローバー

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 04:46
    > mixiユーザー 
    僕は、中学生の折、「坊ちゃん」を読み、初めて文学の文学たる由縁を知りました。
    大学に行って、これで良しと思っていたわけですが、京都大学ブントと接触する中で、
    マルクス主義思想・理論を知ることなり、理論闘争の面では僕の漱石としての世界観は、正面では歯が立ちませんで、漱石世界観は、いったん脇において、学生運動に邁進しました。しかし、漱石の世界観を捨てたわけでは無く、ずっと暖め続けていました。非転向獄中20年の際も、集中的に漱石研究は、マルクス主義研究と共に続けました。「<夏目漱石とその恋愛観>」として「季節」(季節社)に投稿しました。
     出獄し、今回改めて「漱石研究」をやってみようと思っているわけですから、3度目の漱石挑戦となります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 05:31
    塩見さんが、本日記を投稿された半時間ほど後に、近況を投稿されたのに気付きました。
    心不全が悪化し、呼吸不全状態になったため、4月1日から2週間入院加療され,15日に退院された由、先ずは、本復、なによりとお喜び申し上げます。 どうか、これからもご自愛、お大事になさって下さいませ。クローバー

    夏目氏との出会いは、中学生のころ、「坊っちゃん」を介してだったのですねっ! そして、それが文学との出会いだったとの由。
    その後の思想遍歴の際も、夏目氏の世界観をずっと抱き続けられ、非転向の20年は、M主義と同列に夏目氏著作を研究され、それが、「夏目漱石とその恋愛観」という論文に結実したのですね。 それで、一段落して、それを第2段階とされ、今回は3回目の夏目氏研究を始められる由、なんだか、うれしく存じます。
    これって、ご入院、あるいは、入院に至った理由、あるいは、入院中のご体験・見聞と関係するものですか? なぜ今、第3波の研究を企図されましたか?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 09:02
    > mixiユーザー 
    入院する前に、白瀬さん達と既に予定を組んでいました。
    何故、第三段階目の漱石研究会を始めようとしたか?
     人は漱石理解について、彼の作品・エッセイ・短編らの理解が、本筋は変らないとしても、進化してゆくものと思っております。僕も76歳を前にするようになり、人の人生を、全般的に見渡せるようになり、僕の漱石理解もこれに応じて、進化・深化してまいりました。
     この地平から見た場合、若い時の漱石理解、中年期の漱石理解は、基本的には残しつつも、晩年期の漱石は、もっと全般的なものとなると認識、理解するようになりました。それをみんなと共有したく思うようになりました。
     漱石も鏡子夫人と結婚する前に、江藤淳などが摘出したような(これは、問題提起としては面白いが、間違っていました。)青春時代の恋人がいたと思うようになりました。大塚達二夫人となった大塚楠緒子サンと文学的な相聞の関係にあったこと。
     この相聞関係が、漱石・楠緒子の文学活動の原動力となっていること。二人の相聞関係は、文字通り、相聞的であり、漱石が病没する少し前に楠緒子は亡くなっている。二人は、文学表出をもって互いに切磋琢磨し、刺激し合っていた様に思われます。この要因を入れると、夢十夜や文鳥,漾虚集、百合のイメージなど若干漱石言語とはやや異質な感覚・言語が挟まって、それが漱石文学の懐の深さを示していますが、これは、楠緒子との相聞関係をいれずしては説明不能と思われます。
     「恋は天井のもの、婚姻は地上の」と使い分けて自分を律していたようだ、と思います。この辺の要因が、押さえられてゆくと「三四郎、それから、門」→「彼岸過ぎまで、行人」→「心」→「明暗」などの発展脈絡も解析出来ると思います。
    又「日々好日」「人間本来無一物」「則天去私」の境地も、確実にやってくると思います。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 10:06
    ご懇篤なるご提示、感じ入ります。

    エロと言いますか、女男間の情というモノ、情動というモノは、生物としてのヒト種においても、また、本人が意識しようが、しまいが,思考・行動に大きな影響を及ぼすモノだ、と私は見ています。
    また、意識内での類推・推測は、ヒトを分かった気にさせますが、その年齢・その状況におかれないと分からないということがあります。

    いま、塩見さんは76歳になられようとして、49歳で、織田信長公と同じ年齢で、第一次大戦の戦中に、妻や娘さんに看取られながら、最後までねぎらいの言葉を口にされつつ、遠行された由の50歳前の男の思想をお友達とご一緒に追われるとの企画、大きな果実を実らせるのではないでしょうか…

    夏目さんは、そういえば、ですね、「日々好日」「人間本来無一物」との言葉が示す通り、禅にも明らかに親しみ、かなりの影響も受けた印象です。 

      「恋は天上のもの、婚姻は地上のもの」

    当時の世相や、夏目さんの生い立ちからの反省を思うと感じ入るところ、私にも多いです。

    研究会の成果は、日記でも共有の機会を設けて下さることの見当を頂けますと、幸いです。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 14:19
    漱石文学は、「猫」「坊ちゃん」以来、どんどん暗くなってゆきます。
    この暗さは、どこにも癒される兆しはありません。ですから、漱石の恋人がだれそれであったとか、で、ぜんぜん決着が付くものではありません。この暗さがぼやかされれている役目を果たしているのが、夏目鏡子執筆の「漱石の想い出」であると思われます。
    しかし、それは、そこで決着がつけられた、とするのはまったくの早計の至りであります。宮井一郎は、漱石と恋人の関係をトレースしてゆきましたが、これで持って、漱石文学が夫婦偕老
    の文学に帰結した、とするに至っては噴飯の極みです。漱石は狂い死んだとだ、と思っています。漱石は確かに仏教的な求道者の思考・志向をずっと持っていますが、彼自身、自己の救済についてなんらの幻想は持っていません。その点を、最大限に好意的に描いたのは、「門」で描いた崖下でひっそりと暮らす宗助・お米夫婦の暮らしざまだと思っています。漱石は、参禅にも幻想はっていないこと。原罪を抱えて果てしなく生きること、謳っています。ここまでなのです。労農派マルキストが、「漱石は資本論を読んでいた」持ち上げたりしています、これは論証が弱く、晩年の漱石文学の中に、これを求めんとしていますが、それは不可能です。階級的に見れば、漱石は、この二人の論客が本質的に規定するように「相対論者」「「プラグマチスト」の域を出ていません。漱石文学は芥川龍之介、無頼派の堕罪らに受けつがれたり、川端・三島文学に受け継がれたり、振幅激しく分化して行っています。
    これで、良いと思っています。漱石文学は、日本近代文学の運命を露にして終焉していったといえるのではないでしょうか。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 17:50
    アリサン
     漱石の愛と文学については「夏目漱石の恋」(筑摩書房、宮井一郎)がありますが、「漱石の愛と文学」(講談社、小阪晋)の方が、より率直です。暇なとき、お読みになれば、と思います。
     しかし、これでもって日本近代文学の秘密が解明されたなどと、錯誤するのまことにおめでたい限りです。
     漱石をチャンピオンとして確立された日本近代文学は、近代文学それ自体が有す進歩性と他方での根底的限界を宿しています。
     近代社会が宿す根本的矛盾をそれ自体で、自己否定、止揚する原理を持っていないからです。「我輩は猫である」や「坊ちゃん」は、漱石が根っこのところで持つ、日本的・アジア的な正義感を土台としています。
    「猫」は、日本近代天皇制社会に対して、くしゃみ亭に盤居する<太平の逸民>として、社会批評をやり、もの申しました。「坊ちゃん」の方は四国松山中学の陋劣な守旧性に、矢を放ちました。この二つは知的であると同時に痛快極まる社会批評でありました。
     会津ぽのヤマアラシと元旗本で、源氏の多田万忠の後裔の坊ちゃんが、連合し、洋行帰りの赤シャツをうらなり君を擁護しつつ懲らしめる物語であり、100%面白いのですが、ここにも、一本の文学の赤い河が流れています。物語テーマのシェーマでは、お清との交流は重きを成していませんが、全体をひっくるめて総括してみると、坊ちゃんとお清の思い合いの関係が心棒となり、文学を創造していっているのです。ところが、まだ三四郎・それから・門くらいまでは青春時代の活力が秘められています、以降はどんどん三角関係らでどんどん暗くなってゆくわけです。この暗さに漱石は必死で食い下がっていますが、その重さに胃病の漱石は耐え切れないわけです。特に、「心」の先生の自殺、奥さんの弟子との再婚、あるいは殉死、その前の先生の友達を裏切っての、「奥さん」との結婚、そのための友人の自殺など、一杯詰まっていて、解析しにくい文学となっています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 18:52
    無頼派の棟梁は、団言うまでも無く、太宰治です。二人の論客とは、労農派・向坂派(?)のことです。二人は、漱石論を出版し、漱石をマルキストとして扱おうとしていますが、無理があり、ひいきの引き倒しになっています。
    漱石の名誉のために一言。漱石は、友人の中村是公、満鉄総裁の招きで、旅順、奉天、韓半島を旅行しております。そこで、かなり率直な旅行先の印象を語っていますが、決して
    中国人、清人、朝鮮人を侮蔑するような排外主義言辞は吐いておりません。それでも、「満・韓ところどころ」は批評の対象となりました。それほど、漱石文学は、極東亜日亜の知識人たち関心の的となりました。漱石についての、中国、朝鮮人の知識人たちは大きな関心を持っていた」いたわけです。魯迅兄弟は、漱石の借り居宅を、借りるほど、漱石に関心を持っていました。ある面で、日本人として極めて光栄と思います。
     在日朝鮮人であったかん尚中氏は、漱石に好意的で、彼がたびたびアジア的規模の知識人、文学者として研究に値することをテレビなどでもたびたび述べています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 19:01
    <又「日々好日」「人間本来無一物」「則天去私」の境地も、確実にやってくると思います。>
    この僕の論断は過ちで撤回します。求道者としての漱石像を忘れるわけではないのですが、漱石は、やはり禅坊主のような境地には、憧れ続けてはいましたが、生涯達しなかった、と考えます。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月20日 19:51
    こんばんは、塩見さんぴかぴか(新しい) 3回の投稿、ありがとうございます。

    まず、私の2017年4月20日 10:06の投稿の誤変換の訂正をさせて下さい。 末尾から2行目の文章は正しくは以下の通りです;

    <当時の世相や、夏目さんの生い立ちからの半生を思うと感じ入るところ、私にも多いです。>


    さて、49歳で病没しているという事実をどう評価する、かですが、 塩見さんの「漱石は狂い死んだ」とのご指摘には全くの共感を覚えます。 末期の言葉が伝えられているところから、直接の死因は出血性ショック、その原因が上部消化管潰瘍としました場合、ご指摘の作風の持続的な暗転と併せ、どれほどの絶望を抱えて短い生を終えたか、が私の胸を打ちます。 死に向かって、進行性に病状が悪化したことが推測され、体調の悪化が作風に反映された、と仮に考えたい、と思います。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月22日 06:42
    漱石は、学生時代、建築家を一時志望していました。氏は、一方で求道・悟りを求める形而上学的思考・志向を持っていますが、彼の文学や文学論、思考法を見てゆくと、極めて科学的で、論理的です。これを、詰めてゆくと、マルクス主義経済学をかじり、その立場・方法・観点を自家薬籠中に収めることが出来たと思っています。しかし、明治の人であり、朝日新聞社員(嘱託)であり,多くのファン,弟子を抱えている身で、世論に対して敏感でした。
     伊藤博文の暗殺位までは、文学でそめいしてゆきますが、大逆事件にまでなると一切論評を控えます。資料は、集めていますが。正論が幸徳秋水・平民新聞の側にあったこと。
    時の元老、山形有朋らの政略であったことは確かです。その代わり、彼は叙勲を辞退しています。「心」は、乃木稀介夫妻の殉死や、先生自身の自決もあり、多義な要素が加わっており、生半には捉えれれません。しかし、この「心」が、太宰の作品より広い層で、現在、読まれているのは驚きです。
    それにしても漱石が、本格的小説家として、巨大な影響力を獲得して行ったのは2008年から2017年の僅か10年なのですね。この間に、氏は旺盛な作家として書きまくっています。しかし、書ききってはいなく、もし氏が延命していたら、どうな表現者となったかは、分かったものではありません。丁度ロシア10学革命の一年前、病没したのです。彼の弟子筋から森田宗平や平塚雷鳥などが出て来、正真正銘のマルキストの堺真柄なども登場しかかっています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月22日 06:58
    万忠ー満仲
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月22日 07:29
    アリサン。
    「三四郎」をこの間何度も読み返しております。「ストレープ・シープ」「アンカンシャス・ヒポクラスシー」、広田先生は「日本はやがて滅びるね」と言います。
    みや子は突如、結婚し、三四郎の前から。「ストレープ・シープ」「アンカンシャス・ヒポクラスシー」という言葉を残し、消えます。戦前の明治や大正では、如何に教養豊かであっても、良妻賢母の世界から逃れることは出来ません。「漱石の描く女は新しい」といわれても、この程度なのでしょう。僕は、懸命に学生運動で突っ張っていて、全く余裕がなかったのですが,入学して4年ともなれなば、社交界などにも出て、結婚の相手を探すような文化は、京都でも残っていたように振り返られます。
    それにしても、前述二つの言葉は、状況を象徴しています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月22日 08:40
    おはようございます、塩見さん!

    「日本はやがて滅びるね」

    そうなのですねっ。
    私のミクでの主題は、実は、チンコニチチです。 日記をご覧くださればお気付きかもしれませんが、だダルカナル戦詩集の中から、特定の詩を複写貼り付けしていたり、鹿児島特高警察の事案を取り上げたりしています。

    私の所感も、まさに、ソレです。 

    滅び、です。 明朗な所感です。




  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月26日 04:18
    > mixiユーザー 
    団は「壇}です。10学革命→10月革命、マサにあんな入学して4年目の卒業前の京都文化、社交界とはまったく無縁で、僕は、民青との負け戦の後、本格的に東京進出を目指し、大童でした。
    しかし、入学して4年もたてば、男も女学生もこんな文化の中にアリ、その片鱗が僕にも伝わってきたことは確かでした。しかし、ゲバラが「小さな“民族”よりも“大きな民族=世界の人民大衆中心の人類”をいい「二つ三つのベトナムを!」のメッセージも確実に流れ込んできていたのです。
     「坊ちゃん」に登場するマドンナは、一貫して突き放され、絵画の遠景風景の中にあります。このように、坊ちゃんにとって恬淡とした対象であった方がよかったわけだと思います。
    漱石は、相対論者、プラグマチストといえないこともありませんが、その思考の本質は分析的と言ってよいように思えます。
    日本は、実際、滅びましたね。

    魯迅兄弟は、もう熱心極まる漱石信者であったようです。漱石はしらなかったでしょうが。
     それにしても、「心」は異様に多様で、ごチャまでで、、しかも明治の終焉と大正の始まりの転機性もあり、苦しめられますね。
    あれよりは、遥かに、「明暗」の方が、遥かに整理的に展開されています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月26日 06:53
    > mixiユーザー おはようございます!

    魯迅さんの自伝か何かを読んだことをぼんやりと思い出しました。 漢方医学、日本で言いますと、東洋医学というのでしょうか、それに対するご体験に関することでした。 母国に強烈な滅びの臭いを嗅がれたのではないか、と思われます。

    塩見さんが漱石を読み込んでおられ、ある意味、夏目さんと日々討論を重ねておられるような気持ちがしてきています。 尊いことでありまして、そのことを披瀝して下さり、それに接することができる自らの巡り合わせをありがたく思う次第です。

    好い1日を、どうか ー☆ぴかぴか(新しい)

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