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2021年12月16日18:24

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(読書)『科学と仮説』(ポアンカレ著:岩波文庫)

ポアンカレ(1854〜1912)は数学、物理学、天文学などの分野ですぐれた業績を残したフランスの学者である。数学の難問「ポアンカレ予想」でその名を知っている人もいることだろう。「ポアンカレ予想」はグレゴリー・ペレルマンによって2006年に解決された。

本書『科学と仮説』は、科学上の真理とは何かという根本的な問いかけに対し、仮説が果たしている役割の重要性を分析したエッセイである。この本は、1902年に著されているが、本書にアプローチするにあたって、この時代前後の科学史、特に物理学史を簡単に押さえておくと理解が進む。熱力学や電磁気学などを中心とした古典物理学は19世紀の中頃には成熟の域に達したが、相対性理論や量子力学を柱とする近代物理学はまだ登場していない。本書はそんな、いわば物理学史の端境期に書かれているのである。たとえば、トムソンが電子を発見したのが1897年、プランクが量子仮説を発表したのが1900年、アインシュタインが特殊相対性理論を発表したのが1905年である。

本書には仮説を具体的に研究するうえでの題材となる学問分野として力学、熱力学、電磁気学、エーテルなどの題材が登場する。これらについてあらかじめ若干の予備知識を頭に入れておくとよい。そのためにお薦めできる本として、以下のようなものがある。まず、力学と熱力学に関しては、『物理学とは何だろうか』(朝永振一郎著:岩波新書)、がお薦めである。なお、力学の題材として「最小作用の原理」の話題が随所に登場する。上記の『物理学とは何だろうか』には「最小作用の原理」については解説が無いので、「ファイマン物理学」の第3巻「電磁気学」(岩波書店)の中に収録されている「最小作用の原理」についての講義録に目を通しておくとよい。

電磁気学については、おそらく電気系の学科を専攻した人ならもっと適切な入門書を紹介できるかもしれないが、私としては『ひとりで学べる電磁気学』(中山正敏著:講談社ブルーバックス)を薦めておく。「エーテル」については、この『科学と仮説』の198ページ前後あたりで盛んに考察されていて、大変興味深い。「エーテル」については、『物理学はいかに創られたか』(アインシュタイン、インフェルト著:岩波新書)の上巻の121ページから140ページあたりを対比しながら読んでみることをお薦めする。

アインシュタインは、特殊相対性理論を樹立することによって、宇宙のエーテルの存在を完全に否定することに成功した。だが、ポアンカレは、この『科学と仮説』を著した1902年当時は当然ながらそんなことを知る由が無い。この『科学と仮説』の198ページ前後あたりを読むと、「エーテルの存在は是認せざるを得ないようだが、しかしエーテルの存在を前提とした理論にどっぷりと依存するわけにもいかなそうだ、どうしたものか…」と苦悩するポアンカレの心情が伝わってくるような気がする。

現代の人がこの『科学と仮説』を読む意義は、自然科学にアプローチするとき、まず最初に「今どこが問題なのか」、「どういう解決が要請されているのか」という問題に向き合うことの重要性を学べることにあるのではないだろうか。高校から大学学部の初年級ぐらいのレベルでの授業は、「今の学問はこういう知見が確立しています」ということを前提に、人類の先輩たちが開拓し積み上げたその知見を頭に詰め込む学習がもっぱらになりがちだ。本書はそういうアプローチを一旦離れ、科学者としての原点の心構えを身に付けることの必要性を教えてくれる。
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