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2021年06月04日13:54

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(社会)理性を公的に利用する勇気を持て

この記事はカントが言う「理性の公的な利用」とは何かを私たちに教えている。『純粋理性批判』などの著書で知られるドイツの哲学者カントは、著書『啓蒙とは何か』の中で次のように述べている。

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 「さて、理性の公的な利用とはどのようなものだろうか。それはある人が学者として、読者であるすべての聴衆の前で、みずからの理性を行使することである。そして理性の私的な利用とは、ある人が市民としての地位または官職についている者として、理性を行使することである」(光文社古典新訳文庫版 P15)。
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さて、この記事によると、尾身氏は新型コロナウイルスの感染に収束のめどが立たない環境下を念頭に置いて、「パンデミックの所で(オリンピックを)やるのは普通ではない」と発言している。この発言は、上述のカントの「理性の公的な利用と私的な利用」のものさしで判断すると、間違いなく「理性の公的な利用」の結果として生まれた発言である。尾身さんは学者の立場からあくまで自分が正しいと信じることを発言すればいいと思う。為政者に忖度する必要はない。私は尾身氏のこの「理性の公的な利用」を断固支持する。

上述のカントの見解によると、その人が市民としての地位または官職についている者として理性を行使すると、それは理性を私的に利用したことになるのである。例えば、尾身氏が、オリンピックを実行したがっている為政者に忖度して、「オリンピックはやってやれないことはない。我々も感染対策の専門家としてできる対策のために知恵を絞っていく」のような発言をしたとすると、これは新型コロナウイルス感染症対策分科会会長という官職の立場からの発言と解釈でき、理性を私的に利用したことになると思う。

社会の成員のどいつもこいつもみな理性を私的にしか利用できないものとすると、そんな社会に未来はないと思う。この社会に未来をあらしめるためにも、理性を公的に利用する勇気をもつべきだ。

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■尾身氏「普通はない」発言、自民幹部反発「言葉過ぎる」
(朝日新聞デジタル - 06月03日 20:32)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6541938

 東京五輪をめぐり、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が3日に「パンデミックの所でやるのは普通ではない」と発言したことが、与野党に波紋を広げている。

 尾身氏は2日にも国会で、「普通は(五輪開催は)ない。このパンデミック(世界的大流行)で」と指摘。「そもそも五輪をこういう状況のなかで何のためにやるのか。それがないと、一般の人は協力しようと思わない」と注文をつけていた。

 与党内には受け止めの温度差が見られる。公明党の北側一雄・中央幹事会会長は「ご指摘はその通り。菅首相は五輪の意義を国民に改めて説明していただきたい」と語った。一方、自民幹部は「ちょっと言葉が過ぎる。(尾身氏は)それ(開催)を決める立場にない」とし、「(首相は五輪を)やると言っている。それ以上でも以下でもない」と不快感をにじませた。

 野党側は尾身氏の発言を評価。共産党の志位和夫委員長は「大変重要な発言だ。目をつぶったまま国民を崖から突き落とすようなやり方は容認できない」と政府を批判する。国民民主党の玉木雄一郎代表も「感染拡大の可能性が高いなかで(五輪を)開くことは考えられないのは当然だ」と述べた。
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