（産業経済）特許明細書の著作権

何か発明をした人間が、その発明に関して特許出願をしたいと考える場合、その発明の内容を詳細に説明した「特許明細書」という文書を願書に添付して出願しなければならないことは多くの人が知るところである。では、この特許明細書についての著作権は、いったい誰が持っているのだろう。

この問題についてなんらかの言及をしている学者として中山信弘氏の名を挙げることができる。法律学者で弁護士の中山信弘氏は、自身の著書『著作権法』（有斐閣）において、「特許明細書には思想・感情が表現されており、かつ学術分野に属しているために、理論的にはその著作物性を否定することは困難である」と述べている（Ｐ４３）。特許明細書が著作物の一種であることが疑いが無いのなら、特許明細書には著作権が発生することもほぼ疑いの余地はないと思われる。

だが、中山氏のこの自身の著書における言及では、特許明細書は著作物だということは明確に述べているが、特許明細書の著作権者はいったい誰なのかということについては分析がなされているとは言えないように見える。この点での私の分析では、「明細書を書いた人」、特に「名目ではなく、実際に書いた人」に著作権があると考えるのが素直な考え方なのではないだろうか。

すると、もしその特許出願の明細書が添付されている願書に、「代理人　弁理士　○○○○」というような表記があり、実際にこの「○○○○」さんがその明細書を書いたのであれば、この「○○○○」さんに著作権があると考えるのが素直な考え方になろう。

ところが特許事務所の実務の現場をみてみると、その特許出願の明細書が添付されている願書に、「代理人　弁理士　○○○○」というような表記があっても、実際にその明細書を書いた人は、その弁理士さんが経営する特許事務所で雇われている所員の「××××」さんである場合は頻繁にあるといって過言でない。とはいえ、仮に実際に明細書を作成した人が「××××」さんであっても、願書に明記された、「代理人　弁理士　○○○○」さんが内容をチェックし、「この出来栄えであれば、自分が書いた明細書とみなされても問題ない」ということを確認しているのなら、この明細書の著作権者は、「代理人　弁理士　○○○○」さんであると考えてよいのではないだろうか。

では逆に、「代理人　弁理士　○○○○」さんが、出願手続きに入る前に、ほとんどもしくは全くチェックをしておらず、実質的な著作者は、その明細書を書いた「××××」さんである場合は、その明細書の著作権者は誰になるのだろう。私の考えでは、著作権者はその実質的な著作者である「××××」さんであると考えるのが自然だと思う。

では、「××××」さんは、自身の著作物であるこの特許明細書について、著作権を主張できるのだろうか。この問題についての私の分析は、以下の通りである。すなわち、「××××」さんは、たしかに自身の著作物であるこの特許明細書について著作権を有しているが、この著作権を主張する動機が存在しないと考えられる。なぜかというと、明細書の著作者である「××××」さんは、実質的にゴーストライターだからだ。私の考えでは、「ゴーストライター」とは、「著作権を主張しないことがあらかじめ了解されている（あるいは約束されている）環境でゴーストライティングをする人」と考えられるからだ。

この「××××」さんが弁理士の資格を持っている人ならば、「代理人　弁理士　○○○○」さんから業務上の委任を受けてその明細書の作成をした人」というステイタスを得ることができる。「××××」さんは、著作権を主張することがいいことかどうかは別にして、著作権を主張することは可能ではあるといえる。ところが、もし「××××」さんが弁理士資格を持っていないなら、「あの明細書は私が書きました」のようなことは言うべきではないし、そのようなことを言う動機が無いと考えられる。このことは、「××××」さんは、実質的にゴーストライターであることと整合する。

【関連項目】

（社会）動物の著作権を論じている暇があったら

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（その他）名義貸しとゴーストライター

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