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2021年03月20日11:51

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(読書)斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社新書)

2021年の新書大賞を受賞した作品だけあって、非常に面白い。私がこれまで読んだ本の中では、面白さでTOP3に入る。ちなみに私にとってのTOP3は、以下の通り。

1.オルテガ・イ・ガセット著『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫)
2.加藤典洋著『日本の無思想』(平凡社新書)
3.斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社新書)

本書の要旨は、まず資本主義はこの地球上で限界に来ている。資本主義の最大の問題点は資本それ自体に増殖と拡大の指向性があり、これが気候変動などの環境破壊をもたらし、人間の労働環境に対しては、ブルシット・ジョブがはびこり、反面エッセンシャル・ワークの軽視といった問題を引き起こしているという点にある。

上述の本の骨子以外にも、興味深い視点がたくさん紹介されている。いくつか例を挙げると、例えばアンドレ・ゴルツの最晩年の論考が挙げられる(p226)。アンドレ・ゴルツによると、技術(テクノロジー)には「開放的技術」と「閉鎖的技術」とがあるという。私は大学の機械工学科出身で、機械の設計技術者としてキャリアをスタートした人間であるため、「人間にとって技術とは何か」という問題には関心があった。私がこれまでの職業人としてのキャリアの中で接してきた技術は、多分そのほとんどが「閉鎖的技術」に分類されるような気がする。

さらに、資本主義は「欠乏」を生み出すという指摘がなされている(P234)。資本主義の考え方では、生産力を強化して商品やサービスを市場に大量供給して利潤の拡大を目指す傾向があるというイメージがあるため、資本主義と欠乏とは直感的には結び付きにくい。本書で挙げられている例は、例えば観光都市などで、居住用のアパートが不足するという事態である。もしその都市が観光都市として有名になり、多くの観光客が訪れるようになると、不動産投資家は、観光客が泊まるための宿泊施設にもっぱら投資するようになり、地元の低所得者などが生活するための賃貸アパートなどが足りなくなり、価格も高騰し、生活困窮者になるという。

マルクスの「資本論」には「必然の国」と「自由の国」という言葉が出て来るらしい。本書ではその意味が分かりやすく解説されている(P270)。マルクスがいうところの「必然の国」を潤沢な世界に構築することができれば、その基盤のもと、自由の国も豊かになり、芸術、文化、友情、愛情、スポーツなどが豊かに花開くことが期待できる。そういう世界は誰もが待ち望んでいるはずだ。そして資本主義社会が蓄積してきた生産技術を適切に活用すれば、「必然の国」を潤沢な世界に構築することは十分に可能であると考えられる。

もうひとつ興味深い視点を紹介すると、「価値」と「使用価値」との違いである。本書では、これをワクチン(例えばコロナ禍で必要となるワクチンなど)とED治療薬との対比で説明している(P285)。ワクチンとED治療薬とを、人間の生命にとっての必要度を基準に比較すれば、もちろんワクチンのほうがはるかに上位に位置付けられよう。この意味で、ワクチンのほうが「使用価値」が高い。だが、もしビジネス環境上でED治療薬のほうが儲かるのであれば(現実にそうであるとは限らないが、そうであると仮定すれば)、資本主義下では利潤追求が優先されてしまうので、ED治療薬のほうが優先されて製造販売される可能性がある。資本主義下での「価値」と「使用価値」との違いの説明の素材として興味深い。

本書では、結論として、これからは世界は「脱成長コミュニズム」に転換していくべきだとしている。だが、読者としては「脱成長コミュニズム社会」は、既存の国家の統治機構とハーモナイズするのかという疑問が湧く。この点での著者の展望は、本書の7章、8章に若干述べられているが、現実の転換のための展望としてはまだ具体性が不十分である。これらの点は、これからの読者に投げかけられた宿題であると言えよう。
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