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2020年07月20日14:45

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(人生)習俗としての家族

今月のNHK『100分de名著』のテーマは吉本隆明の「共同幻想論」である。現在まで2回の放送が済んでおり、本日は第3回が放送される予定である。この「共同幻想論」は、なかなか難しい本なので、テキストで十分予習をしてからでないと番組の講義は分からない。今日、テキストの第4回放送予定分のところを読んでいたところ、「習俗としての家族」という言葉が出てきたのを発見した(P106)。

この言い方には大変興味をそそられた。今、若い世代において、晩婚化や非婚化が進んでいる。出生率も一向に上昇しない。その原因の一つは、日本で行われている結婚は、いわば「習俗としての結婚」だからではないだろうか。この現実が、今の日本の結婚世代の若い人、とりわけ若い女性らの気持ちを、「結婚」から遠ざけているように思えてならない。これは、日本の結婚世代の若い女性の多くが「キャリアウーマンを目指している」ということとは別のことである。

とにかく「習俗」という言葉の用いられ方にとても興味をそそられる。思うに、この「習俗」という言葉は、日本の社会の様々な側面を切り出すにあたって、非常に有用であると思われる。たとえば、日本の職場は「習俗としての勤労」が支配する場であるように思えてならない。日本は、国民の平均的な学歴も高く、頭のいい人が大勢いるのに、OECD加盟国全体では、ビジネスの労働生産性は、ほとんど最下位水準である。

この原因を「日本人にはビジネスマインドが不足している」という解釈で説明を試みようとする人がときどきいるが、これはピント外れだと思う。これはちょうど、「日本の女性に晩婚化/非婚化傾向があるのは、日本の女性がキャリアウーマン志向になってきたからだ」という論理で説明を試みることがピント外れであるのと同じである。

日本はある意味で「習俗社会」である。これは、福田恒存の「日本は封建社会なのではなく、似非(えせ)近代社会なのだ」という主張とも通じるものである。もしわれわれ日本人が「似非」の2文字を返上して近代社会人となることを目指すのであれば、今の日本人の心に宿る「習俗指向性」を改質することなしには不可能だろう。

【関連項目】

(読書)『100分de名著・共同幻想論』

https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976191659&owner_id=3879221
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