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2020年03月30日08:34

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(その他)同一労働同一賃金の課題

同一労働同一賃金の課題(下)

趣旨も義務内容も不明確

                        大内伸哉 神戸大学教授
 2020年4月から大企業で改正パートタイム労働法が施行される(中小企業は21年4月)。「同一労働同一賃金により非正規という言葉を一掃する」という安倍政権の働き方改革の柱の一つだ。非正規社員と正社員の労働条件について不合理な格差を禁止するものであり、中でも重要なのが賃金だ。企業は個々の賃金項目について格差の不合理性を点検し、必要に応じて是正することが求められる。
 しかしこの法的ルールは内容面でも、政策の方向性でも問題がある。以下では特に3点を指摘したい。
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 第1に趣旨も義務内容も明確でない。趣旨については不合理な処遇格差を解消するという理念自体は明確だが、格差があることが問題なのか、非正社員の労働条件が低いことが問題なのかがはっきりしない。前者なら正社員への手当廃止によっても問題は解決する。
 また労使の自主的な判断を尊重したうえで、著しい格差のみ禁止する趣旨なのか、格差をつける場合は常に均衡のとれたものにせよという趣旨なのかも明確でない。政府がどちらの立場かは必ずしもはっきりしないが、不合理な格差を無効として強い介入姿勢をとることは明確にしている。
 法律で理念を明記し、具体的にどうすべきかを行政が指針で明確にし、違反があれば裁判所が無効とするというのは一見完璧なシナリオだ。だがこのルールを先行して適用した労働契約法の現状をみると、このシナリオの欠陥も明らかだ。肝心の義務内容を明確にしきれていないのが原因だ。
 法律が不合理性の判断要素として挙げたのは「職務の内容」「人材活用の範囲」と、内容が特定できない「その他の事情」だ。これではどのような場合に不合理となるかがはっきりしない。
 行政は指針を出し、不合理性の内容の明確化に努めているが、不合理である場合と不合理でない場合の典型例を示すにとどまる。
 例えば特殊作業手当のような趣旨の明確な手当てを非正社員にだけ支給しないことは不合理だと示せても、基本給、賞与、退職金など複数の趣旨が混在する賃金の格差については不合理性の基準を示せないでいる。
 企業が労働者側との話し合いで合意できても、法が要請する不合理性の基準が明確でないため、後から裁判所により無効とされる可能性は残る。これでは安心して交渉することはできない。この問題を解決するには、著しい格差のみを無効とする、あるいは宝利Tは理念を示しただけで裁判所による事後介入を想定していないといった解釈をとることが検討されるべきだ。
 政府が強い法的効力を付与することにこだわったのは、格差是正への強い意志を示したいからだろう。「同一労働同一賃金」という分かりやすい名称を付与し、さらに欧州では一般的に適用される原則だと強調したのも、国民へのアピールとなると考えたからだろう。第2の問題はここにある。
 確かに日本の労働法は、自由な市場経済を重視する米国よりも、福祉国家論の立場で市場への規制を重視してきた欧州に近い。しかし日本の労働立法はより進んでいる欧州を参考にすべきだという議論は、労働法が各国固有の事情と密接に関連して形成されている事実を軽視するものだ。
 注目されるのが、1998年に発表された菅野和夫東大教授・諏訪康雄法政大教授(肩書は当時)の論文だ。正社員と非正社員の賃金格差の論拠として挙げられている同一労働同一賃金は、職種による産業横断的な賃金決定をするという社会基盤を前提として成立するものであり、そうした社会基盤がない日本には当てはまらないと論じる内容だ。
 日本の正社員は、特定の職種に従事するために採用されているのではない。また基本給は従事する職種に関係ない年功型だし、特定の職種に能力がなくても即解雇にはつながらない。つまり日本型雇用システムは職種に関係のない非ジョブ型であり、採用も賃金も雇用の継続も職種を基本とするジョブ型社会の欧州とは根本的に異なるのだ。
 不合理な格差を是正するには、まずは正社員と非正社員の格差が日本型雇用システムの構造に起因するという認識を持つことが必要だ。不合理な格差の禁止は構造的な原因にメスを入れるものではないので、根本的な解決につながらない。これが3つ目の問題だ。
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 日本型雇用システムの目的は、若い人材を確保し、長期的な雇用を保障しながら、企業に長く貢献できるよう育成することにある。このシステムの対象となる正社員は「いつでも何でもどこでも」といった拘束的な働き方と引き換えに、雇用と賃金の安定という保護を享受してきた。一方、非正社員はそうした保護はないものの、拘束性の低い働き方を享受できた。つまり正社員、非正社員どちらにも一長一短がある。
 それでも政府がこの問題に介入すべき理由は2つある。一つは、正社員の短所である拘束的な働き方は安定した賃金で補償されうるが、非正社員の短所である処遇の低さは自由な働き方では補償しきれないことだ。これが貧困問題を生んでいる。ただそこで政府に求められるのは、低賃金で生活困難に陥っている者への直接的な支援(金銭だけでなく住宅、医療面などのサポートも含む)だ。貧困問題を、生産性と関連して論じられるべき賃金の問題として企業に解決を任せるのは政府の責任転嫁だ。
 もう一つは、正社員になるルートが学卒時に集中しており、非正社員になると後から正社員を選択するのが極めて難しいことだ。若年期に良好な教育機会に恵まれない影響はその後の職業人生にも及び、正社員への道が遠くなり、貧困問題にもつながる。低技能の非正社員が増えることは国力低下ももたらす。これらが格差の持つ真の問題だ。ただその主たる原因が中途で正社員になる機会の少なさにある以上、その解決方法は雇用の流動化であるべきだ。遅々として進まない解雇の金銭解決の早期導入こそ検討されるべきだろう。
 今後デジタル経済化が進むと、標準的な作業は自動化され、その作業を担っていた非正社員はもちろん、正社員も不要となる。求められるのはデジタル技術を活用し付加価値を生み出す創造力に富んだ人材だ。ただ急速な技術革新が進む中での今後の人材投資は、不確実性が大きくリスクが高い。人材の内部育成は、フリーを含む外部からの人材調達へと変わっていくだろう。情報通信技術の発達やマッチングの精度を高める人工知能(AI)が外部調達を一層促進するはずだ。
 経団連が新卒一括採用や年功型賃金を見直し、ジョブ型雇用を増やそうとしていることも、デジタル化の動きと軌を一にする。こうなると格差や貧困の問題は雇用形態に起因するものから、デジタル技術を活用する技能の差に起因するものに様変わりする。特に心配なのはデジタル技術に疎い中高年層だ。今後の雇用政策はデジタル格差を防ぐため、デジタル教育と一体で進められる必要がある。

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