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2019年07月15日14:48

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(産業経済)「空気読む人材」は本当に必要か

本日の日本経済新聞に興味深い記事が載っていた。それは企業の採用担当者が「空気を読む人材」を優先的に採用したがっているということをレポートし、分析した記事である。記事の著者は早稲田大学教授の吉田文という人だ。この記事には次のような表が載っている。企業の人事担当者を対象にしたアンケートの集計結果のようなものらしい。

【質問項目】どちらの人材を採用したいか

A:空気を読んで、円満な人間関係を築くことのできる人材

B:論理的に相手を説得できる人材

(1)日系非グローバル企業の場合
   事務系 Aに近い  60.6% Bに近い  39.4%
   技術系 Aに近い  52.7% Bに近い  47.3%

(2)日系グローバル企業の場合
   事務系 Aに近い  50.7% Bに近い  49.3%
   技術系 Aに近い  41.8% Bに近い  58.2%

(3)外資系企業の場合
   事務系 Aに近い  30.4% Bに近い  69.6%
   技術系 Aに近い  34.0% Bに近い  66.0%

興味深いことに、この記事では、「企業のトップは大学にグローバル人材やイノベーション人材の育成を求めるが、採用担当者は空気を読むなど同質性を重視する」と分析している。企業はホンネとタテマエのダブルスタンダードを使っているのだろうか。

私の推察では、企業としては、意識してダブルスタンダードを使っているのではないだろう。つまり企業のトップがグローバル人材やイノベーション人材を求めていることは間違いないが、企業の人事部の採用担当者は文科系出身者がほとんどであり、グローバルに仕事をこなしうる人材やイノベーションを起こしうる人材とはどういう人材なのかについての理解のレベルが低いか、もしくはイメージが未成熟なのだと思う。

ではなぜ企業の人事部の採用担当者は、グローバルに仕事をこなしうる人材やイノベーションを起こしうる人材とはどういう人材なのかについての理解のレベルが低くイメージが未成熟なのだろうか。やはりメンバーシップ幻想の呪縛にとらわれているということが最大の理由だと思う。私は以前に協調性と社交性は別だ、ということを述べた日記を書いた。

日本の社会、特に職場社会は、その成員(メンバー)に協調性を求めることはかなぐり捨てるべき時期に来ていると思う。むしろ、その行動が周囲に対して協調的か否かよりも、本人が正しいと信じることを勇気をもって貫徹することに価値を置く人間になっていくべきだ。

もちろんそのようなとがった生き方をとると、周囲に対して摩擦を生じるだろう。その補完的性質として社交性の重要性を強調したい。とがった人材であることと協調的な人材であることとは両立しない。だが、とがった人材であることと社交的な人材であることとは両立し、それらが補完的役割を果たすのである。

なお、この記事のおしまいのほうに、記事の著者である吉田文さんの次のようなコメントが載っているので紹介しておこう。

『われわれ大学人にとっては、学生に空気の読み方を教えることは、論理的思考力を身につけさせることよりも、よほど困難な課題であることを申し添えたい』

これは当然であろう。また、大学教員が学生に空気の読み方を教えるようになっては、もはや学問の府である大学は「地に堕ちた」と言わざるをえまい。そんな大学は「大学」の名には値せず、せいぜい3流の職業専門学校でしかない。

【関連項目】

(産業経済)協調性と社交性

https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972117469&owner_id=3879221
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