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2020年01月20日16:09

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「この世界のさらにいくつもの片隅に」を見る

アニメ版「この世界の片隅に」を見た時には、
原作マンガの世界観をそのままに動画として映し出したことに、
また、それを可能とするために、原作では省略されていた街並みをはじめ、
入港の日付やその日の天候といった情報を片渕須直監督が徹底的に調べ上げたことに、
驚嘆とともに感服した。

それゆえ、原作の隠れた重要人物である白木リンのエピソードがカットされたことも、
戦中の庶民の暮らしをそのままに描くことと比べると優先順位は低いし、
それでも129分の長さになったこともあって、やむを得ないことと思っていた。

そして、「この世界の片隅に」の興行的成功を受けて、
リンさんのエピソードを加えた「長尺版」を作るという話を聞いて、
単に失われたエピソードが復元された映画になるのだろうと素直に思っていた。
しかし、違った。

前作の「この世界の片隅に」で一度感動しきったからであるのかもしれない。
再現された広島の街のリアルさや、日に日に窮乏していく庶民の暮らし、
呉の空襲の激しさと執拗さなどについては、すでによく知っているものになっていた。

そして、そのことはすでに織り込み済みであると言わんばかりに、
「さらにいくつもの」は、一人の女性としての浦野すずの心をめぐる物語が強調される。
パンフレットには追加されたシーンがまとめられているのだが、
新たに描かれたのは、遊郭に迷い込んだすずとリンの友情物語や、
身元票や茶わんや花見といったリンと周作との過去をめぐる物語だけではない。

西沢哲との小学校時代の思い出や落ち葉で作った代用炭団のエピソードなどを加え、
すずと哲と間にあったはずの恋心を浮かび上がらせるとともに、
周作とリンの過去に心を痛めるすずの心情もくっきりと描き出している。

さらに、空襲を受ける海軍工廠、戦争が終わったのに多くの犠牲者を出した枕崎台風、
広島に行った知多さんの二次被曝、江波の浦野家に住みついていた戦災孤児といった、
尺の関係で泣く泣く切り捨てただろう戦争にかかわるシーンも加わっている。

そうしたことによるのか、「さらにいくつもの」では原作や前作で感じたような、
順序良くカレンダーをめくっていくようなリズム感は薄れ、
その分、こうの史代作品に共通する「ぼおっとしている」主人公の女性が
こころの奥深く隠し持っている男性全般に対する絶望やあきらめのようなものを
わかりやすく形にしているように感じられた。

とはいえ、最初から「さらにいくつもの」を制作していたならば、
3年前の「この世界の片隅に」の奇跡は起こらなかったかもしれない。
167分という長さもさることながら、戦中の庶民の暮らしを描いた原作を
三角関係のドラマに改変したという反発が出た可能性さえある。

そういう点で、最初から戦中モノと女性モノという二つの要素
(インタビューでの片渕須直の言葉を借りれば「径子さんの縦糸」と「リンさんの縦糸」)
をほどほどに兼ね備えた、2時間の映画にしなかった片渕須直の決断は大したものだ。

まずは「径子さんの縦糸」できちんとした一本を作り切ってしまい、
その評価を確かなものにした上で「リンさんの縦糸」を加えた新作に取り掛かり、
新作の方は「リンさんの縦糸」を強く意識させるような構成するあたりが実に戦略的だ。

それもこれも、片渕須直の読み込みの深さによるのだが、
そもそも、印象の異なる二本の映画を作ることを可能にしてしまうほどに、
こうの史代の原作マンガ「この世界の片隅に」が奥行きの深さを持ち合わせていること、
そのことがなにより素晴らしく恐ろしいのだった。
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