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2019年12月13日20:16

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もじたま日記・2824日目・景状・状景・麁景・添景・光武帝・57年(建武中元二年)「漢委奴国王」金印

 2824日目
 佳景・奇景・近景・景観・・・景気は気分・・・「おまけ」
 ・・・景気は気分・・・
 「おまけ」は「銅鐸=自然災害」or「埴輪=人間災害」・・・回避願望物?
フォト

 ↓↑  ↓↑
 景=日+京
   日+亠+口+小
   日の亠(音・於菟・乙)は
      口の中の
       カギ(亅)の八(ハ)・・・咽喉の扁桃腺?
                    釣り針の捌?
       浦島太郎の鯛の口に刺さった釣り針?
     ケイ
    エイ
    ひかり・明るい光・日光
    けしき・ながめ
    ようす・ありさま
    大きい・立派・めでたい
    あおぐ・あおぎしたう
    かげ=影=景+彡
    風情を添える意から
    商品に添えて
   「おまけ」の品物
    景品
 ↓↑  ↓↑
 遠景・佳景・奇景・近景・景観・景気
 景教・景況・景仰・景仰・景三・景山
 景事・景趣・景勝・景象・景色・景色
 景星・景清・景石・景体・景致・景品
 景福・景物・景慕・景迹・後景・光景
 三景・実景・修景・秋景・春景・叙景
 勝景・小景・場景・真景・雪景・絶景
 前景・全景・短景・致景・背景・八景
 晩景・美景・風景・返景・暮景・盆景
 夜景・野景・夕景・夕景・朗景・煙景
 景情・情景・粗景・点景・烟景・景雲
 景状・状景・麁景・添景・夕景・借景
 近景・景戒・景光
 ↓↑     ↓↑
 景帝
 前漢
 第六代皇帝
 父は文帝
 治世は
 「文景の治」と賞賛
 後漢の創始者
 光武帝・・・・57年(建武中元二年)
 劉秀    「漢委奴国王」金印を
        倭の奴国の使節にあたえた
        王莽が侯に格下げした
        高句麗は
        32年(建武八年)に
        後漢に朝貢
        前漢末以来の王号が復活
 と
 蜀漢の創始者
 昭烈帝
 劉備は
 景帝の末裔と称した・・・
 ↓↑     ↓↑
 景帝 (漢)
  (孝景皇帝
    劉啓
    在位紀元前157年〜紀元前141年)
 ↓↑
 呉 (三国)
 景帝(孫休
    在位258年〜264年)
 ↓↑
 西晋
 世宗景帝
 司馬師の追号
 ↓↑
 前趙の皇族
 劉亮
 玄孫の
 劉曜によって
 景帝と追号
 ↓↑
 成漢
 李特
 始祖景帝と追号
 ↓↑
 唐
 李虎
 太祖景帝と追号
 ↓↑
 呉 (十国)
 楊渥
 烈祖景帝と追号
 ↓↑
 明の景帝
 景泰帝
 朱祁
 在位1449年〜1457年
 ↓↑  ↓↑
 朝倉 義景(あさくら よしかげ)
 越前国の戦国大名
 越前朝倉氏第十一代
 最後の当主
 朝倉義景
 天文二年九月二十四日
 (1533年10月12日)
 〜
 天正元年八月二十日
 (1573年9月16日)
 ↓↑     ↓↑
 1533年10月12日〜1573年9月16日
         大運1569年1月(35歳)〜1579年1月
                 丁 巳┓傷官
 癸┏巳(戊庚丙)印綬・偏官 病⇔癸┏酉┛
 辛┗酉(庚 辛)正官・正官 胎⇔庚┃申
 甲┏子(壬 癸)  ・印綬沐浴⇔戊┗辰
 庚┗午(丙 丁)偏官・正財 死⇔戊 午
   戌亥空亡
 ↓↑  ↓↑
 幼名は長夜叉
 母は広徳院(光徳院)
 ↓↑     ↓↑
 天文二(1533)年
 越前
 天正一(1573)年8.20.
 越前戦国大名
 孝景の子
 孫次郎延景
 天文二十一 (1552) 年
 将軍
 足利義輝
 の偏諱を得て
 義景
 天文十七年
 父の死により
 一乗谷城主
ーー↓↑ーー↓↑ 
  朝倉 景健・・・朝の倉の景の健(イ=人の建)
 (あさくら かげたけ)
 越前国
 安居城主
 後に
 信長に降伏服従し
 安居景健(あご・あんご
      あぐい かげたけ)
 と改名
 ↓↑
 姉川の戦い
 朝倉軍総大将
 元亀元年(1570年)年九月二十日
 下坂本の合戦
 織田家臣の
 森可成
 信長の弟
 織田信治
 ら750余人を討つ
 天正元年(1573年)八月十三日
 刀根坂の戦い
 朝倉義景を
 越前へ逃がす
 が
 朝倉景鏡
 の手により
 朝倉義景が滅ぶと
 織田信長に降伏し
 姓を安居と改め
 所領安堵
 ↓↑
 天正二年(1574年)
 越前一向一揆
 安居景健は
 一揆方に降伏
 ↓↑
 天正三年(1575年)
 織田軍の越前再侵攻で
 一揆方が劣勢となると
 織田軍へ
 再び靡き
 一揆の指揮官であった
 下間頼照・下間頼俊
 らの首を持参し
 信長に許しを乞うたが
 認められず
 信長の命を受けた
 向久家により
 自害させられた
 すぐ後に
 朝倉(安居)景健の
 家臣である
 金子新丞
 父子
 山内源右衛門
 の3名が追腹を切り殉死
 (『信長公記』)
 ↓↑
 朝倉(安居)景健
 健=イ+建
   イ+廴+聿
 ↓↑
 聿+廴(いんにょう・長行也・延也
     金文の記録は
     廷・建の二字のみ・・・
 ↓↑   ↓↑
     廴=乚=乙
       Z+丿+乀
       一+ㄅ+乀
       一+勹+乀
       丂+乀
       ろ+乀
       了+乀
       ・・・孓=左腕の無い子
          子・孒・孓・孑
          ぼうふら
      古名の「棒振り・棒振り虫」が
          訛って
          ボウフラ(孑孒、孑孑)
          蚊の幼虫・蛆虫
          maggot(マゴトゥ)
          mosquito larva
         (モスキートウ ラーヴァ)
          wiggler(ウィグラー)
          wriggler(リグラー)
     乃-丿+乀=廴
    「廴⇔辶⇔辵」
     廹=廴+白=迫⇔伯
     建=計画を申し立てる
       建議・建策・建言・建白
       くつがえす・・・?
     聿=筆
     廴=儀礼を行う
       中廷(中庭・朝廷)の
       周囲の壁
 ・・・by 「ウィキペディア(Wikipedia)」
ーー↓↑ーー↓↑ーー
  景
 景教=ネストリウス派キリスト教
    ↓↑
    ネス=音諏・根素
       子洲・鼠・禰受
    トリ=取理・睹利
       採・取・盗
       止利・鳥
       鷄・鶏・雞=かけ=ニワトリの古名
       禽・酉
    ウス=臼・碓
       有珠・宇受・渦
       烏頭
 ↓↑
 景保=高橋景保
 ↓↑
 景行天皇
 (垂仁天皇十七年
  〜
  景行天皇六十年十一月七日)
 第十二代天皇
 (在位
  景行天皇元年七月十一日
  〜
  景行天皇六十年十一月七日)
ーー↓↑ーー
 和風諡号 大足彦忍代別天皇
   諱  大足彦尊
 別称   大帯日子
      ↓↑
      淤-斯呂-和氣天皇
     (お-しろ-わけ)⇔白別(捌)
      淤=泥・澱・淀
    於=方+仒
      烏の古字
      オ・ヨ・ウ
      おいて・おける
      に・より
      ああ(感嘆)
      ここ-に
      異体字「扵・𣱏・𤋬・烏・于」
    淤=水+方+仒
    水方仒-斯蘆=新羅-別(捌)
      仒=𠆢+冫(৲৲・〻)=倉の氷?
     「棜」=供え物をのせる
         長方形の木製の台・礼器
     「扵」=扌+仒
         時刻、方角、場所を示唆
      ↓↑
      大足日足天皇⇔大即卑拾?
      大帯日子天皇⇔台帯卑後(肥後)?
      大帯日古天皇⇔帯方郡の彦?
      大帯比古天皇⇔大碓比古?
      ↓↑
      代替比古
 ↓↑    ↓↑
 祖父   崇神天皇⇔山+宗+示+申
       ・・・摩西
         (モーセ・Moses)?
          or
          耶穌=耶稣 (Yēsū)
         (ヨシュア・Joshua)?
 ↓↑        ↓↑
          第十代天皇
          在位
          崇神天皇元年一月十三日
          〜
          崇神天皇六十八年十二月五日
          和風
          諡号 御間城入彦五十瓊殖
            (互換記・後漢記
                入諺語拾
                  意素爾重?)
              にえ=贄・牲
                =食物の捧げ物
          諱  御間城尊
          別称 御肇國天皇
             御眞木入日子印恵命
            (音信記入比語印頴娃命?
             音信記入比語印英の命?)
             所知初國御眞木天皇
             美萬貴天皇
            (尾万記=古事記・太安万侶)
       疫病は
       大物主の祟りで
      「大田田根子(おほた・たねこ
             おほ・たた・ねこ)
            「ネコ」は尊称?
       大田牛一?
       大傳伝今子?
 ↓↑     ↓↑
       大物主神(大神神社祭神)の祭主
       意富多多泥古命
           泥=淤=沈澱物・淀物
       大直禰子命(大神神社)
       茅渟県(ちぬのあがた)の
       陶邑(すえのむら)出身(日本書紀)
          陶器の村=埴土の村
       若江郡御野(八尾市上之町南)
       河内国美努村(みのむら)出身
 ↓↑     ↓↑
       市磯長尾市(いちしのながおち)
       異地史記長尾?
       倭大国魂神(大和神社祭神)の祭主」
       に任命
       三輪君祖の
       大友主とともに
       新羅から渡来した
       新羅皇子の
       天日槍を尋問するため
       播磨に行くよう
       天皇から命じられた?
 ↓↑     ↓↑
 父親   垂仁天皇
       ・・・基督(蘇我?)
          ヨシュア・Joshua
          耶穌=耶稣 (Yēsū)?
          移鼠(景教表記のイエス)
       ・・・山上の垂訓⇔垂君
          古くは
          ポルトガル語
         「ゼス・ゼズス」
          英語
         「Jesus(ジーザス)」
          中国語
         「耶穌=耶稣 (Yēsū)」
          日本語訳版聖書
          ヘブライ語の
          旧約聖書で
         「ヨシュア」
          ギリシャ語の
          新約聖書で
          旧約の
         「ヨシュア」を除いて
         「イエス」と表記
 ↓↑    ↓↑
     「殉死禁止令」
      4代将軍
      徳川家綱
      寛文三年(1663年)5月
      武家諸法度の公布
      殉死は
     「不義無益」とし
      殉死禁止を
      口頭伝達
      天和三年
      末期養子禁止緩和
      殉死禁止は
      武家諸法度に法制化
 ↓↑   ↓↑
フォト

     「卑彌呼
      以死
      大作冢
      徑百餘歩
      徇葬者
      奴婢
      百餘人」
 ↓↑   ↓↑
    垂仁紀二十八年条(日本書紀)
    殉死禁止
    三十二年条
    野見宿禰が
    日葉酢媛命の陵墓へ
    殉死者を埋める代わりに
    人馬の埴輪を立てることを提案
 ↓↑   ↓↑
 母親   日葉酢媛命
     (比葉素秘め見事?)
 皇后   播磨稲日大郎姫
      八坂入媛命
 子女
    櫛角別王
      大碓皇子
      小碓皇子=日本武尊=倭男具那
      成務天皇
      五百城入彦皇子=意補義入諺?
      忍之別皇子
      稚倭根子皇子=若い倭(和)の
                 今の詞?
      大酢別皇子・・大洲(大須)別?
             大須文庫=大須観音
      神櫛皇子
      渟熨斗皇女・・・渟(ぬま)の
              熨斗(のし)
              水引=灌漑用水?
      五百城入姫皇女
      麛依姫皇女
      ・・・麛(ミ)=鹿+弭(ゆはづ)
              弭=やめる
                とめる
             =小鹿
         異体字
        「𪋃・麑・𪋈・𪋗・𪋸・猊」
         狻猊(サンゲイ)
         伝説上の生物
         獅子と同一視される
      五十狭城入彦皇子
      吉備兄彦皇子
      高城入姫皇女
      弟姫皇女・・・音秘目・於菟秘女
      他多数
ーー↓↑ーー
 景行=ケイコウ=景洪・傾向
    鶏口=にわとりの口=鶏の頭
       小団体、組織の長・頭
    鶏口⇔鶏頭牛後
       鶏頭牛尾
      (史記・蘇秦列伝)
    以有尽之地
    而
    逆無已之求
    此所謂
    市怨
    結
    禍者也
    不戦
    而
    地已削矣
    臣聞
    鄙諺(ヒゲン)=卑諺・俗諺・俚諺
            俗な言語上の遊戯
    曰
    寧
    為
    鶏口
    無為
    牛後
ーー↓↑ーー
 けんぱ、ケンパ、ケンパッ、ぱッ・・・
 ・・・???・・・
 神護景雲(ジンゴケイウン)
 767年〜770年
 天平神護の後
 宝亀の前
 時代の天皇は
 称徳天皇・・・770年死没
 ↓↑
 ・・・阿倍仲麻呂(仲麿)・・・唐王朝図書館長・・・
  文武天皇二年
  698年
  〜
  宝亀元年一月
  770年
  73歳死没
 姓は朝臣
 筑紫大宰帥
 阿倍比羅夫の孫
 中務大輔
 阿倍船守の長男
 弟は阿倍帯麻呂
 唐名は
 「朝衡=チョウコウ=晁衡」
 ・・・
 霊亀三年・養老元年(717年)
 多治比県守の
 第九次
 遣唐使に同行
 唐の長安に留学
 同次の留学生に
 吉備真備
 玄
 がいた
 唐王朝=玄宗皇帝の
 秘書監・衛尉卿
 唐王朝図書館の歴史書を覗き見れる人物で・・・
 「改竄」も・・・?
ーーーーー
  野馬台詩
 (野馬臺詩、耶馬台詩)
 平安時代〜室町時代に
 流行した予言詩
 中国
 梁の予言者
 宝誌和尚の作・・・偽書?
 日本で作られた可能性はあるが
 中国で作られた・・・?
 大永二年(1522年)
 東大寺蔵
 『野馬台縁起』
 後の江戸時代の文献にも見られる・・・
 ↓↑   ↓↑
 東海姫氏國(姫=愛姫=伊達政宗の正室
       古代ならば「尾張氏」祖先
      「火明命」
      「継体天皇」の后は
      「尾張連草香(くさか・日下)」
       の女(娘)の
      「目子媛」であった
       他に
      「美夜受(みやず)媛」・・・建の妻
      「世襲足(よそたらし)媛」
      「大海(おおあま)媛」
       等の
       尾張氏出身の后妃がいる
      「熱田神宮」の「春敲門」の
       扁額は『小野道風』が書いた・・・
       尾張の初代藩主
      『徳川義直』は
       親父
      『徳川家康』から譲られた書籍を
      『尾張家文庫(蓬左文庫)』とし
      「岐阜大洲(大須)の『真福寺』」を
       名古屋城下にそっくり
      「大須観音」の地に移転させ
      「大須文庫」を設けた
       にここには
      「『序文』が怪しい
       『現存・古事記』
       の最古の写本」と
       言われているモノが存在
       ボクは
      「古事記」が別な意味で
       妖しいとも考えているのだが・・・
       二第目は
      『徳川光友』で
      「名古屋城」の別名は
      「蓬左(ホウサ)城」とも云った
       この時代に
      「明王朝(中国)」から渡来した
 ↓↑     ↓↑
      「陳元贇(チンゲンピン)」
      「張振甫(チョウシンポ)」
      「曹数也(ソウスウヤ)」
 ↓↑     ↓↑
       などの知識人が尾張藩に
       召し抱えられた
       彼らの名前の漢字・・・
       文字構成の部首も音韻も
       妖しげな名前ではある・・・
      「享保十五年(1730)」に
      「七第目」の
      『徳川宗春』が藩主になった
       名古屋城に入るときの
       行列の
       参列者には藩主の
       長い喫煙「キセル」を
      『小野田玄格』・・・・小野伝の幻覚・玄覚
       なる人物がかついでいた
       彼の尾張藩に於ける
      「文芸政策」は
      『徳川吉宗』
       に批判、対抗するものであった・・・
 ↓↑     ↓↑
 百世代天工(百済の世代の天の工匠)
 右司爲輔翼(倭王の右司、輔翼と為り)
 衡主建元功(衡主=仲麻呂が原稿を建)・・・建=くつがえす?
 初興治法事(初めに治(氵=サンスイの台=ム口)の法の字を興し)
       計其道里
       當在會稽
       会稽東冶之東・・・北緯33°・阿蘇山・横島
 終成祭祖宗(終に祖宗の祭り=神話と成す)
 本枝周天壤(本の枝=本の分冊は、周伝の条・状・嬢=土壌)
 君臣定始終(訓審の始終を定む)
 谷塡田孫走(語句填りて伝え、孫が走る)
 魚膾生羽翔(魚と膾の言葉の翻訳を生む)
       魚=まな
       膾=なます
       貝=かい=甲斐・蝦夷・會・歌意・解
       海鼠(なまこ)・海月(くらげ・水母)
       海豚=いるか=入鹿
       雲丹(うに)
       昆布(こんぶ=恨布)
 葛後干戈動(葛城皇子の後=ゴ=語・后に干戈が動き)
       葛城=中大兄=天智=典詞・点字・展示
 中微子孫昌(中大兄の密かな子の孫が唱す)
  ・・・微=わづか・ひそか=和束、密かな真の子の
             葛野王(かどののおう)
   葛城皇子⇒大友皇子⇒葛野王
   天智天皇⇒弘文天皇⇒葛野王⇒池辺王⇒淡海 三船(御船王)
 白龍游失水(新羅、游びて水=瑞を失い)・・・見ず
 窘急寄故城(緊急・金九・金玖の故城に寄る)
       窘=穴+君・・・阿那の君(訓)?
         穴+尹+口
         宀+八+君
         宀+八+尹+口
         キン
         あわただしい
         きわまる
         くるしむ
         せまる
         たしなめる
         つまる・くるしむ
         せっぱつまる・ゆとりがない
         せわしい・急に
         たしなめる・忠告する・注意する
 黄鷄代人食(阿輩鶏、人を食んで代わり)
 鄙誘牛腸(黒い鼠が牛の腸を喰う)
 丹水流盡後(丹の国の水の流れ尽きて後)
       埴土の国
 天命在三公(天命に三公が在る)
 百王流畢竭(百済王の流れ畢(おわ)り竭(尽)き)
 猿犬稱英雄(猿犬、英雄を称す)
       猿(申)-雉(酉)-犬(戌・狗)
        西南   西  北西
       猿女と狼=おおかみ=大神
 星流飛野外(彗星、野外に飛び)
 鐘鼓喧國中(金の童、十の豆の支、語句の中、口+宣)
                 本居   宣長
 惶帛仞崚據弊諜屐∪屬づ擇箸覆蝓
 茫茫遂爲空(茫茫、遂に空と為らん)

 原文は「ウィキペディア(Wikipedia)」
ーーーー
 ・・・???・・・
 景教=ネス・トリ・ウス派のキリスト教・・・
 ネズミの移動⇒コレラの移動
       ⇒コレラ(Cholera、虎列剌)
       ⇒コレラ菌(Vibrio cholerae)

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