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2015年10月10日18:43

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夢熱く燃やせ。心弾ませて。(カープ2015-16)

前日の栗原健太の退団発表に続いて東出輝裕の引退会見が本日ありました。

十字靭帯断裂という俊足巧打の選手としては致命的な怪我によりここ3年ほど一軍での試合出場がなかったのでこれまたある程度は予想出来てはいました。
また、Googleで「ひがしで」と検索しても先に名前が出るのが俳優の東出昌大である事からも分かる通り、ここ最近は菊池涼介の存在によって忘れがちではありました。
しかし、やはり彼もまた低迷期を支えた選手だけにこの年齢での引退は残念です。

個人的な思い出で言うと、彼の1000本安打達成に球場で立ち会えたのは私の自慢の一つ。
また、彼が5年ぶりに本塁打を放った(結果的に現役最後になった)試合では、遅れて球場に到着した為その場面に立ち会えなかったのは今となっては痛恨事です。

彼のプロ野球選手としての歩みを振り返るとまさに「山あり谷あり」。
いわゆる「松坂世代」としてドラフト1位で入団して1年目から1軍に定着。
しかし、その後は失策の多さから成績は低迷すると批判もかなりあったと記憶しています。
特に山本浩二政権下ではまるで指揮官からの寵愛のみで試合に出させて貰ってるかのような状況に反発したファンも多かったかと思います(かく言う私もその一人です)。
その姿はさながら「鬼子」のよう…。
ですから、球団が新たにマーティ・ブラウンを指揮官に迎えた時は私は彼の選手生命も絶たれたと考えました。
しかし、それを彼は実力で跳ね除けキャリアハイの記録を更新。
一躍ベストナインを2年連続受賞する等、セリーグを代表する二塁手となりました。
この事実は、選手を成長させる為には機会を与える必要もあるが、かと言って庇護するだけでなく競争の中に投げ込む必要も時としてある…という重い教訓を野手の伸び悩みが顕著なこのチームに語り掛けているように思えます。

そして、その後のFA権取得時…。
正直、獲得球団が複数あったであろう彼が選んだのは悩んだ末の行使せずの残留。
私はこの時、それまでキャリアの経緯から彼が移籍を選んでも何ら不思議ではない…と感じていましたから驚きました。
ここに来て、私を含めて多くのファンが「鬼子」が実は「孝行息子」だった事に気づいたことでしょう。

思えば、彼ほど頻繁に危機に陥った投手を鼓舞しにマウンドに向かっていた選手もそれほど多くはありませんでした。
それを踏まえれば彼が社団法人プロ野球選手会理事長という役職を任されたのもそれほど不思議ではありません。

来季、彼はプロアマ規定が今より遥かに厳格だった時期に異例の大学受験までして目指した指導者の道に挑みます。
引退会見でも晴れやかな表情だったのは次の目標に対する熱意が大きいから…なのでしょう。

もう彼が彼の応援歌にあるような「緑の芝生を走れ」という姿は選手としては見る出来ません。
ですが、今後は指導者として実りある日々を送る事を祈りたいと思います。

再び「夢熱く燃やせ。心弾ませて。」と。

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