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2020年12月03日14:30

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同性同士の社会

[あらすじ] 「女の集まりで先に帰ると陰口を言われる」と言うけれど、
本当かいな。
本当ではあるようだけれど、それは男の集まりでも起きる。
同性同士の順位づけのようなことが起きているのではないか。

3日前にこのことに触れ、
「なんでも面と向かって言えばいいってものでもないし、
言えないような相手についてのことならば
陰口もはけ口として機能するから、悪いことばかりでもない。」
ということを書いた。
面と向かって言えない上に陰口も封じられたら憤懣で爆発してしまうからだ。



「女の集まりで」とよく言われるが、
男性の集まりでも同じことが起きている。

つまり、
これは性差の問題ではない。

ただ、どんな集まりでもいない人の陰口になるわけではない。
ここで「女同士は」と言われたり、
私が「男性ばかりの集まりで」と言うのは、
やはりそれが「同性同士」の間で起こりがちな事だからだろう。

性別による違いではなく、
同性の中で起きやすい事柄だ、ということだ。



私は、自分の性別に違和感が有る。
ジェンダーのアイデンティティにディスオーダーが有るのだが、
私は診断名GIDの適応ではないと思っている。
今は。

子どもの頃は、「男になりたい」と思ったり、
朝起きたらちんこ無いかな、と思ったりしたことも有る。
オトナになってからも、彼女を両腕で抱き締めて交わりたいといつも思う。
このへんは、トランスジェンダーならよくある話だ。

では、私は男になりたいか。
今の生活の中で男性として暮らしたいか。
と言ったら、まったくイヤなのだ。

現代の日本の社会あるいは社会通念の中で、
男性として生活するなんて、まっぴら御免だ。



LGBTという言葉はよく知られるようになった。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー
の頭文字である。

トランスジェンダーとは、今の自分の性別と異なる性でありたい人のことだという。
現状、「T」とひっくるめた場合、
自分の性別に違和感の有る私なども、Tにぶち込まれる。

ただ、私はトランスジェンダーという言葉は自分に当てはまらないと考えている。

トランスポートとか電圧トランスとか言うように
トランスとは、どこかからどこかとか、何かから何かとか、ある状態から別の状態にとか、
「移る」ことを意味している言葉だ。

さきほど書いたように、私は自分が女性という自認は無いけれど、
男性に変わりたいとは全く思っていない。
私は私の現状で、男女どっちでもねえよ、と言えば
自分の心情をまあまあ表せている。

ここからどこかへ行こうとしているわけではないので、
「トランス」ではないのだ。

そういう理由で、私は、日本で使われている「X(エックス)ジェンダー」という言葉で
自分を言い表したいと考えている。
今は。



ちんこ欲しいという感覚すら持つ私が、
男性に移行するのがなぜまっぴら御免か。

女性同士の間でも、男性同士の間でも、
同性の中での競争や順位というものが有る。
女性は女性なりの基準や方法が有り、
男性は男性なりの関係性や表現が有る。

そして、
私は男性の群れの順位の中に入るのはイヤなのだ。

もちろん、男性であっても男性の群れに入らず、
ましてや順位づけなどには関わらずに生きる人もいる。
個人がそうあっても、群れがそれを認めず、
価値基準で覆ってきたりもする。

ホモソシアルつまり、そういう同性間の社会性の強さが、
女性の場合より男性の場合のほうが強硬な感じがする。
あくまで私個人の感想ですが。



私は女性として生活してきた。
中学高校は女子校だった。
思いっきり女性のホモソシアルの中にいたのだが、
なんとなく、まあ、ちょっと変わった奴として
扱われていたような気がする。

女子校といったら数名の仲良しグループのまとまりが
とても強い。
登下校の時や、教室移動の時や、トイレに行く時や、昼食の時や、行事の時など
あらゆる時に仲良しグループでの行動が当たり前のようになっていた。

ただ私は、あっちのグループの人たちと行動してみたり、
弁当の時はこっちのグループで食べてみたり、
放課後はまた別の人たちと過ごしてみたり。

グループの繋がりの中にきっちり収まってはいなかった。
一緒に行動して当たり前とか、何かにつけ誘い合うとか、
そういう輪からはなんとなく外れていた。

だから、男性でもそういう生き方は可能だろうけれど、
なんだか女性よりも男性の関係のほうが面倒に思える。
繰り返しますが、あくまで私個人の感想です。



その最たるものは、「先輩後輩関係」だ。

つづく
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