毎朝の犬の散歩の中で、あれこれ運動するようにしている。
背中に上下から手を伸ばして指を組む。
10月から始めて、ひと月ほどしたら、ガッチリと指を組めるようになった。
ただ、利き腕を下にすると、肩の前面下辺りがまだ突っ張る。
喜んでいたが、寒くなってきたら少し固くなってきた。
無理なく続けて、また暖かくなったらもっと伸ばしゃいい。
厚着になると動きにくい面も有る。
そもそも肉が冷えて固い。
※
子どもの頃、鉄棒は大の苦手だった。
うんていもまるでダメだった。
順繰りに進むのはまさかまさか、
ぶら下がり続けることはおろか、
高い棒に飛びつくことさえ、できなかった。
飛びつくのの何が怖いのか説明しにくいが、怖くて飛びつけない。
こいつを克服しようと、木の枝に飛びついている。
適当な枝を探す。
メタセコイヤは、きれいに枝が横に伸びるが、
やわらかくたわむ。
飛びつくよりも、斜懸垂をするのに良い。
低い所にも枝が有るからだ。
桜もよく枝が伸びているが、
太くてもしなってしまう。
使えない。
銀杏の木にちょうどいい高さでちょうどいい太さの枝が有った。
揺れないし、樹皮の表面も滑らかで良い。
滑らかだが、溝が有る。
ゴワゴワせず、滑らない。最適だ。
もう一ヶ所、スダジイの太い枝にも飛びつく。
指が掛かるにはちょっと太すぎるのだが、
樹皮が粗いので、滑らないからしっかりつかまれる。
※
友人Vが、朝の情報番組で縄跳びを紹介していた、と言う。
小学生の頃やったもんだ。
運動音痴でならした私はもちろん二重跳びなんぞできなくって。
朝、校庭中に児童が散らばって、音楽に合わせて縄跳びを跳ぶ。
引っ掛かった子は地面に座る。
得意な子は最後まで残っていく。
というルールだったというのがおぼろおぼろな記憶なのだが、
これでは、できない子の練習になるわけでもないし、意味が分からない。
他の子が飛び続けている中で体育座りすると、
縄に打ち飛ばされた校庭の砂が顔面に飛んできて痛かった。
最後まで残った子は誇らしかったのだろうか。
100回跳べますか?と番組は問う。
なんでも、100回跳ぶ体力というより、
縄に引っ掛からずに跳ぶタイミングなどが中年の脳みそと身体には
難しいのだ、という。
試しに、朝の散歩の途中で、100回跳ねてみた。
ただ100回跳ねるのは、別に問題無い。
と言い切れない。
左ふくらはぎがつりそうになった。
古臭い小学校教育により私はすっかり苦手意識を刷り込まれておる。
しかし、苦手な事や興味の無かった事や下らないと思ってきた事、
敬遠してきた事をやってみよう、というのがここ数年の私の取り組みである。
そして、「なんとなくできない気はしない」という気分くらいは
培うことができている。
さっそく、縄跳びの縄を買いに行く。
昔はどこで買ったんだっけ。
学校用品ということで、文房具屋に置いていたような気もするが、そんなわけないか。
実は、十年くらい前にも「毎日縄跳びしよう」と志したことが有る。
でもなんだかすぐに挫けちゃった。
その時の縄も、どこにしまったか分からない。
百円均一店で買った縄で、おそるおそる跳んでみる。
そんなに問題じゃない気がする。
と思った瞬間、引っ掛かった。
12回。
なるほど、うまくいかない。
そして引っ掛かるのも左足だ。
何度かそんなことを繰り返し、
ちょっと休んでもう一回、
でも28回で引っ掛かる。
拍動が上る。
ふむ。
少しづつやろう。
※
ショートステイの初日の朝、
私は疲れていた。
日常に疲れていた。
私のこの疲れなんてものは、アタマで感じているもので、
身体はさほど疲れてはいない。
そう分かっていても、身体が重い。
スダジイの枝に飛びつくが、勢いが足りなかった。
しっかり手が掛からず、滑り落ちた。
粗い樹皮に掻かれ、手のひらが痛い。
手が冷たいから余計に痛いのだ。
吐く息で温めようと、手で鼻と口を覆う。
と、良い香りがした。
ちょっと苦味も有る、清涼な樹木の香りがする。
椎の木の皮もこんなに良い香りがするものか。
ログインしてコメントを確認・投稿する