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2019年11月23日09:09

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こんなのがAPU(立命館アジア太平洋大学)学長だと?

● なぜ、「鎖国」ができたのか?(ヤフー記事コピペ)

 次に、なぜ江戸時代の日本が「鎖国」をしたかという話をしましょう。

 みなさんが、昔、習ったのは、島原の乱(1637‐1638)を経験した徳川幕府が、
「キリシタンを放っておくと怖いよなあと思って、鎖国をした」
 ということだったと思います。

 でも、僕が考える鎖国の理由は、

 「徳川幕府を永続させようと考えたら
 鎖国が一番合理的だったから」

 です。

 当時は石高で国を仕切り、統一していたのですが、最も石高が大きいのが、江戸時代に加賀、能登、越中の3国の大半を領地とした加賀藩の「100万石」。
 一方、徳川幕府は450万石ぐらいでした。

 徳川幕府は、大名同士の結婚や同盟を厳しく管理していました。

 江戸時代は、お城をつくったり、修理したりしただけでも改易(大名・旗本などの武士から身分を剥奪し、その所領や居城・陣屋・屋敷などを没収)されていました。

 豊臣秀吉が改易を考えつき、徳川家康が踏襲したのですが、鎖国をして貿易をしなければ、徳川幕府に勝つ大名はいない。

 ところが、各地の大名が海外と貿易を始めてしまったら、あっというまに彼らが金持ちになってしまう。たとえば、仙台の伊達氏や福岡の黒田氏は、海外との交易に興味津々でした。

 徳川幕府としてはその焦りがあったと僕は思います。

 次回は鎖国の時代に活躍した名学者・平賀源内の興味深いエピソードを紹介しようと思います。

 過去の僕の『哲学と宗教全史』全連載は「連載バックナンバー」にありますので、ぜひご覧いただき、楽しんでいただけたらと思います。
出口治明

【ここから私見】
キリシタン禁令と鎖国に至る一連の流れはすでにいくつかの説が出されている。
キリシタンが日本人を奴隷として人身売買を行っており、それに対して秀吉がキリシタンの禁教令を発したというものだ。
キリシタンは硝煙などとの取引の対価としてキリスト教への改宗と布教の権利を要求し、日本特に九州の各地に租界地を得、領土化を進めていた。
豊臣・徳川時代の日本が独立を維持したのは日本が世界最大の鉄砲所有の国で有り、GDPも世界の五大国と見積もられる強国であったからだ。
このことは宣教師も本国に報告している。
それからスペインの無敵艦隊がイギリスに敗れたこと、フェリペ2世の死が重なったことも鎖国と無関係ではあるまい。
江戸幕府とイギリスの関係も当時は良好であったことから何らかの外交上の協力関係もあったことは推察される。

チャイナ留学生を大勢引き込んでいるような怪しい大学の学長だけあって信用してはならない存在であると思っておいた方がよさそうだ。
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