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2015年04月05日11:57

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魔女の大釜(Witches' Cauldron)と聖杯(Graal)

先日リア充エンドを迎えた某「魔女ものアニメ」があったが、古来魔女の象徴とは、よく言われる箒ではなく「大釜」であった。そういえば、その作品のヒロインの魔女もよく大釜を取り出しては魔法を使用していた。

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ヨーロッパの歴史における「魔女」は、「非キリスト教的存在」という広範で複雑な背景を持つ重層的な概念だが、中世末にはすでに識字層を中心に、黒い衣装をまとい、「大釜(大鍋)」でトカゲなどを煮ているという典型的な魔女像が出来上がっている。では、なぜ魔女は大釜を使用するのか?

「大釜」は、キリスト教以前のヨーロッパの魔術的な信仰の主要な象徴の一つだからである。

「大釜」を使用する神話伝説は数多く存在する
生命の象徴である蜂蜜酒(ミード)を煮る大釜の伝承は、地中海、ヨーロッパを中心にを世界各地に存在する。
ギリシア神話でメーデイアはペリアースの娘たちに老いた雄羊を切り刻んで大鍋に入れてぐつぐつ煮て、若返らせる所を見せた。
ケルト神話の主神ダグザは、無限の食料を生み出す大釜を有していた。

それは生命を生み出す輪廻転生の象徴であり、死と再生の循環の象徴であった。
鍋は様々な材料を入れ、煮炊きし、新しいもの(料理や薬など)を作り出す、その行為が古代の人々にはどこか魔術めいたものとして捉えられたのだろう。

「グンデストルップの大釜」というものがある。

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グンデストルップの大釜は、1891年デンマークの北ユラン地域で発見され、ヨーロッパの鉄器時代の銀器としては最大(直径69cm、高さ42cm)、紀元前1世紀のラ・テーヌ文化後期のものとされている遺物である。様式や細工の出来映えから、金銀の加工に長じたトラキア人が作ったものではないかと示唆される一方、施された彫像からケルト人の制作したものだとする見方もある。
トラキアの物にしろケルトの物にしろ、その装飾の細かさ、そして「ケルヌンノス」や「ダグザ」を中心とした神々のレリーフの図像から特別なものであったことは間違いない。彼らにとっての神聖な儀式用のものであったことは容易に想像がつく。

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ケルヌンノスは、その伝承が文章として残っていないので、発見された遺物から推測するしかないが、ガリア(フランス周辺)を中心に信仰されていたとされる、有角の神である。
その特徴は牡鹿の角であり、通常長髪で髭をたくわえた成人男性の姿で、ケルトで高貴のしるしである豪華な装飾を施された首輪(トルク)を身に付けている。ケルヌンノスは動物、特に牡鹿と共に描かれる。しばしば、この神特有の動物であり第一の眷属と考えられる牡羊の角をもった蛇と共に描かれる。つまり、彼は「動物の王」であり「狩猟の神」であり、「生命・豊穣の神」であったと考えられる。また、彼は蛮勇の神ではなく、知性の神ではなかったかとぼくは思っている。ランスで見つかったケルヌンノスの像は、左右にアポロンとヘルメス(メルクリウス)を従えているからだ。どちらもともに知性に関係した男神である。

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魔女のイメージはは、ケルヌンノスのような古くからの神を信仰していた人々の残滓が感じられる。
有角の神を信仰する人々のイメージは、その後の有角(ただし牡山羊)の悪魔レオナールを奉ずるサバトのイメージとも符合する。大釜を使用した異教の儀式を、反キリスト教的として認めなかったカトリック教会だが、一方でその大釜のイメージは、キリストの「聖杯」へと変化していった。

この場合の聖杯は、カトリックの儀式である「聖餐」時に使われる「聖杯(Calix)」ではなく、アーサー王伝説などに登場する聖杯「Grail あるいは Graal」である。これを日本語では「聖杯」と訳しているが、これが杯かどうかは、実は定かではない。
伝承中の聖杯で古い時代のものは、比較的大きなものであることが読み取れ、それは決まって食事と関連が深いことが分かる。

「両手で一個の『聖杯(グラアル)』を、ひとりの乙女が捧げ持ち、いまの小姓たちといっしょに入ってきたが、この乙女は美しく、気品があり、優雅に身を装っていた。彼女が広間の中へ『聖杯(グラアル)』を捧げ持って入ってきたとき、じつに大変な明るさがもたらされたので、数々の蝋燭の灯もちょうど、太陽か月が昇るときの星のように、明るさを失ったほどである。その乙女のあとから、またひとり、銀の肉切台(タイヨワール)を持ってやってきた。」−『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』 クレティアン・ド・トロワ

「誰でも聖杯の前に手を差し延ばすと、そこには一切のもの、即ち温かい食べ物でも、新しい料理でも古い料理でも、家畜の肉でも野獣の肉でも一切がととのっていたということだ。そんなことが起こるものかと反論する人も多かろうが、そのような反論は見当違いである。というのは聖杯こそは至福の果実で、天国の物と言っていいほどに、現世の甘美な至福に溢れていたからである。」―『パルチヴァール』 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ

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「乙女が両手で捧げ持つ程の大きさ」そして「肉切り台」や「料理の出現」などとの関連から、聖杯のイメージが「大釜(大鍋)」と結びつく。つまり、聖杯も魔女の大釜と同様に「豊穣の象徴」であったということだ。そういえば、Graal は、古代フランス語あるいはプロヴァンス語において、ラテン語で「皿」あるいは「食事(コースの一区切り)」を意味する gradalis に由来するのではないかと言われている。

魔女の大釜と聖杯は、実は源流は同じものであったという話。
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