《 初恋 》
帰り道、来る時より話しが弾む、知らない人から見ればきっと仲の良いカップルなんだろうなと思った。自分自身も今までずっと女で生きてきた感覚でいた、このままこの関係がいつまでも続くといいなとさえ思う。
不意に俊樹が初恋の事を聞いてきた。
「初恋…かぁ…」
まさか自分の初恋の話しをしてもなぁ、と思いつつ希美瀬との出会いを考えてみると不思議な事に希美瀬自身の経験が自分の経験の様に次々浮かんできた、それはまるで頭の中に希美瀬がいるようだった。
希美瀬の初恋の相手が自分だったんだと考えていると…
「ごめん、変な事聞いたかな…」
「ううん、ダイジョブ」と希美瀬の記憶？を辿りながら話しだした。
初めて飛騨翔を見たのは高３の２学期の中頃、それまでは部活の都合で早い時間に登校していたが、退部して初めて普通の登校時間に電車を降りた時の事。ホームから改札まで溢れる高校生達に混じって皆と挨拶をする男がいた『あんな先生いたっけ？』その時はそう思っただけだった。その後も毎朝同じ様に見掛けるが校内では全く見掛ける事がなかった。
自分が電車に乗る志染駅の改札は下り方にあり、降りる小野駅は改札が上り方にある、そのせいで早く降りようとする学生達で後ろの車両はかなり混む、なので前の車両に乗るが降りる時は当然混雑の最後尾になる、改札を出る頃には最初に改札を出た生徒は学校に着く頃なんて事もよくあった。
その男はたいてい真ん中か後部に乗っていていつも遠くから見るだけだったが、ある日同じ車両に乗っていた。少し離れた場所だったが初めて近くで見て優しい目をした人だなぁと見ていると一瞬目が合った気がして慌てて目をそらした。
毎朝見ていると誰だか気になって仕方なくなっていた、思い切って友達に聞いてみると、近くの会社の人で学生達と挨拶しているのは挨拶運動の一環なんだと分かった。友達に気になるの？と聞かれて否定はしたものの少し…いやかなり気になりかけていたのも事実だった。その後も何度か同じ車両に乗り合わせたりしたが挨拶する距離には近付けなかった…と言うより近付かなかった、なんとなく恥ずかしくて遠くから挨拶する学生達を羨ましく見ているだけだった。
そんなある日の帰りのホームで電車を待っているとその男もホームにやって来た、背が低いので座れない時はいつもドア付近に立っているが、発車間際に駆け込んで来た学生達に押され少し奥まで追いやられた、渋々吊り輪に捕まった、と言うより指先だけ掛けてぶら下がっている様な感じで揺られていたが、何気に外を見た時に窓に映った隣の男性に気付く『あっあの人だ…』気付かないフリで外を見ていたが、一度意識してしまうと窓越しにでも目が合いそうで下を向いてしまった。
間も無く志染駅に到着という時それは起こった『ブシュッ』聞きなれない大きな音がしたかと思うと前方にググ〜っと傾いていく「急停車しますご注意下さい」のアナウンス。必死で吊り輪に捕まるも『もうダメっ』と思ったがなんとか耐えた…と思った瞬間ガクっと電車が急停止、途端耐え切れず手を離してしまった『倒れ…』無かった、『えっ？！』誰かに腕を掴まれ倒れずに済んだ。
「大丈夫？危なかったね」あの男の笑顔があった「す、すみません…」今までにない胸の高まりと恥ずかしさでそう言うのが精一杯だった。
やがて電車は動きだし駅に着いた、逃げる様に電車を降りようとすると「さようなら」後ろから声を掛けられ慌てて振り向き下を向いたまま２、３度頭を下げて小走りに走り去った。
家に着いてもまだドキドキしていた、掴まれた右腕もまだ掴まれている様な感覚がしていた、左手でそっと触れてみると不思議な感覚になり胸が高まる、これって恋？男性を好きになるってこんな感じなんだと知った。
その後も朝は遠くからドキドキしながら見るだけで、帰りは何度か電車を見送ったりしたが会う事もなく時は過ぎた。そして３学期になり学校へ行く回数も減り、朝の登校時間も遅くなる事が増えいよいよ見掛ける事もなくなってきた、見掛けなくなるにつれ想いは強くなる一方だったが大学受験の事もあり恋愛？に踏み出す勇気もなかった。
さらに時は過ぎ、正月も終わり世間はバレンタイン一色、初めてバレンタインを強く意識した。
カップルで買っている様子がこんなにうらめしいなんて…そして初めて好きな人を意識して買ってみた、渡すチャンスなんてある訳もないのに…いや、渡す機会がある事を願っていたのかも知れない。
そして奇跡か偶然か、その帰りに見掛けたのはまさしくあの人…の様な人影、遠くを横切った人影を追いかける、住宅街に向かっているようだ『まさか、こんなに近くに住んでた人？』見失わない様に追いかけるが近付く勇気がない、いくつかの角を曲がった後ついに見失ってしまった、勇気を出して渡そうと握りしめたままのチョコレートの入った紙袋を見つめる『希美瀬の意気地なし…』初めて自分を本気で責めた。
しかし近所に住んでたのならチャンスはまだあるかも知れない、その日から見失った辺りを犬の散歩時間を変えコースを変え待ってみる。そしてとうとうバレンタインの夜…自分の為には絶対買わない高級なチョコ、とっても美味しかったです…
皮肉にもバレンタインの翌日再びチャンスが、遠くから向かって来る人影は多分間違いなくあの人だっ！ドキドキが半端ではない『なんて声を掛けようか、なんて言えばいいのか』でもこのチャンスを逃したら次はいつになるか分からないと自分に強く言い聞かせる…
気付かないフリで横目で見てみるともうそこまで来ていた『今よ、希美�鵝戞弔箸海蹐�金縛りに遭った様に身体が動かない、勇気がない…通り過ぎる気配…『意気地なし希美瀬』…とにかくまた後をつけようかと振り向いた瞬間、心臓が飛び出たかと思った…
「ビックリさせちゃったね、ごめんね。こんにちは、よく電車で会う子やね」
あの優しい目が微笑んでいた。
「こ、こ、こ、こんにちは…」
「家この辺なんや」
「ハ、ハイ…」
「可愛いワンちゃんやね、シバ？」
「えと、シバとなんかの雑種です」
「そか、ほなら気をつけてね」
と笑うと帰って行く。
「えっ…あっ…」
待ってと言えず少し離れて着いて行く、声を掛ける勇気も無くただ後ろ姿を少し離れたトコから見つめながら暫く歩いていると
「ん？家こっちなん？」
「えっ、あ、その、ちっ違います、けど…」
「あっ、散歩コースなんやね」
その男は変な人だと思ったのか首を傾げると歩きだした、またそのまま暫く着いていく、すると小さな公園に着いた。
希美�鵑鬟戰鵐舛忘造蕕燦い筏困譴討い襪修涼砲鯰蹐い燭泙泪船薀奪船薀辰噺�ていると、突然
「今度デート行くか？」
「ハ、ハイ」
考える間も無く返事をしていた『あれ？今デートって言った？』突然の事に条件反射的に返事をしてしまったが軽い女って思われたら嫌だなぁとちょっと後悔…
「それは良かった、実はだいぶ前から可愛い子やなって気になっとってん」
「えっ…えっ？そうなんですか？」
さらっと答えたが『えぇ〜前からって…あたしの事見てくれてたなんて』と嬉しい気持ちを抑えつつ…
「デートって事はお付き合いするって事ですよね？でも、あたしまだ受験とかあって…」
と言いながら『あれれ、あたし何言ってんだろ？』
「大学行くん？短大かな？時間の余裕がある時だけ会えればいいやん」
「あたし不器用だから勉強しながら恋愛って上手に出来ないかも知れないし…」
『オイオイ希美瀬ホンキで言ってるのか？こういうトコが友達から消極的って言われるんだぞ』…ホントは今すぐにでも飛び付きたいくらい嬉しいのに…
「そっか、勉強の方が大事やもんな…この話はなかった事に…」
「嫌っ！」
男が言い終わらないうちに抱きついていた、初めて男性に抱きついた瞬間だった。
『何やってんのあたし？こんな事したら嫌われる…』離れ様とした…
すると今度は抱き締められて頭を撫でられた、経験した事のない心地よさ『あったかい、このまま時が止まっていつまでもこうしていたい』と思った。
「これで、恋も終わりやな」飛騨翔が小さく呟いた
「えっ？なんで？」と見上げた
「なんでって、恋は1人でするもんやろ？これからは恋愛やね。なんて…」
「何それ〜、でもナットク〜」
新興住宅地で、まだ人の少ない小さな町の片隅の小さな公園が二人の始まりの場所になった。
「感動的な出会いがあったんやね〜」
「そうでもないよ」
と言いながら今の話ってホントの様でホントじゃない様な不思議な気持ちだった。確かに初めてのデートは自分だと言ってたし自分から見た出会いは今話した通りだった。でも、自分の知らない希美瀬の行動や考えてた事まで話した通りだとすれば、なんでそんなに詳しく分かるんだろうか？やっぱり自分の勝手な妄想なんだろうか？
「なんか考え事？」
「なんでもない…また、ちょっと妄想」
辺りはすっかり暗くなっていた。
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