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2020年07月09日23:55

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東海市立平洲記念館/郷土資料館2 石造物

東海市立平洲記念館/郷土資料館の前庭には旧い石造物が並べられていた。

フォト

一番右側の案内パネルの無い河原石には
正面にだけ「卯年」と明朝体で刻まれている。
この石に関する情報が何も無いので何なのか不明だ。
「卯年(うどし)」とは「うさぎどし」のことだが、
「卯年」に漬け込んだ漬物石とか、そういう類なのかもしれない。

右から2番目の方形の石柱も案内パネルは無く。
正面に筆文字で以下のように彫られている。

「𠮷道成式
 昌瑞成栄」

この2行の文字の下部に何か彫られているのだが、薄くて認識できない。
「𠮷道成式」も「昌瑞成栄」も検索してもヒットしない。
で、この石柱も何なのか不明。

右から3番目と4番目は石仏。
3番目が地蔵菩薩像、4番目が聖観音像。
どちらも珍しいものではない。

右から5番目は河原石に達筆の筆文字で
「嘉永峰」(かえいみね)と刻まれた石碑(写真中)。
案内パネル『都竺の戯碑(とじくのぎひ)』には以下のようにある。

「加木屋町の俳人であった早川都竺(本名早川平右衛門正員:へいうえもんまさかず)・1790〜1859年)が、春秋園と名付けた自宅の庭園に、〈嘉永峰〉〈弘化山(こうかやま)〉〈天保山(てんぽうのやま)〉と彫った碑を配したものの一つ。」

フォト

石に文字を彫っただけで、
自宅の庭に3山を配置できてしまう日本文化マジック!
早川都竺は江戸時代末期の人物だ。

左端の、何の変哲もない石の案内パネル『藁打ち石(わらうちいし)』には
こう書かれている。

「藁叩き石とも言います。
 農家の人が藁細工をする時に、土間で藁を叩いて柔らかにした台石。
土間の片すみに埋められていました。
 この石の上に藁を乗せて、槌でコンコンと叩いて藁を柔らかくしました。」

自分の幼児期には近所で見かけたものだが、
いつの間にか姿を消したものの一つだ。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年07月10日 15:58
    > mixiユーザー 

    「土葬の土マンジュウの上に似たような石」この案が、すごく腑に落ちました。
    小生も見たことありました。
    北大路欣也劇場『剣客商売』にも土葬の土マンジュウは出てきたりしてますよね。

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