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2021年03月13日16:22

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アンの発見した新薬を使うと、飛躍的にPa因子を増大させて、麻酔などなくても痛みを感じなくなる。<「クルーイストン実験」ケイト・ウィルヘルム。サンリオSF文庫、絶版。>

mosatiger


<奇妙な味>の英米短篇が18篇。シャーリイ・ジャクスンの「お告げ」では、どんな邪悪なお話かと身構えていたのに素敵に裏切られました。全体的にくっきりとオチのある話が多い中で、ケイト・ウィルヘルムの「遭遇」は多義的に開かれていてちょっと別格。読み終えてもずっと気になっている。他には、薄気味悪いロナルド・ダンカン「姉の夫」、ユーモア成分ゼロのフレドリック・ブラウン「古屋敷」、ロジャー・ゼラズニイ「ボルジアの手」などが良かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
https://bookmeter.com/books/9687346


Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ


2010-12-03

クルーイストン実験

書評



「クルーイストン実験」ケイト・ウィルヘルム。サンリオSF文庫、絶版。

ケイト・ウィルヘルムは日本では一般的には無名の作家であろうと思う。
しかし、米国では、女流SFの代表的作家であった。
いや、正確には、一時期の米国SFには女流作家しかいないくらいの時期があったから、あえて「女流」と冠するには及ばないのかもしれない。
この「クルーイストン実験」は、「鳥の歌いまは絶え」と並ぶ彼女の代表作である。

同じ製薬会社で働くアンとクラークは夫婦である。
物語の冒頭、アンが病院から退院するところで物語ははじまる。
不幸な交通事故で、アンは歩行が不自由になってしまったのである。
もっとも、医者はリハビリ次第だといい、もう少し入院してもいいのだが、あとは本人次第だと説明する。
アン本人は、早い退院を望んでいる。
病院の時間が、苦痛でたまらないからである。

アンの発見は、Pa因子を人工的に増加させる新薬であった。
Pa因子とは、いわゆる「痛み」に対する耐性を左右するものである。
人は、大ケガを負っても、痛みに非常に耐える人もいれば、かすり傷でも大げさに騒ぐ人もいる。
これらは、今までは単に「こらえ性がない」と思われていたのであるが、そうではなくて、人はそれぞれ生まれ持ったPa因子によって、実際に痛みを感じやすい人と感じにくい人がいるというわけである。
少々のことは我慢できる人は有利なように思われるが、そうではなくて、小さな子どもなどが痛みを訴えなければ、親は大したことがないと思ってしまうので、往々にして手遅れの原因になる。
逆に、少しの傷でも痛みを激しく感じる人は、狩りや戦闘で不利で淘汰されてしまう。

アンの発見した新薬を使うと、飛躍的にPa因子を増大させて、麻酔などなくても痛みを感じなくなる。
これは、素晴らしい発見である。

ところが、その発見者であるアンは、Pa因子が生まれつき少なく、痛みにたいへん弱い。
病院での治療やリハビリを嫌うゆえんである。

夫クラークは、会社ではアンの上司にあたる。
アンが退院してきて、ある夜、クラークはアンをレイプしてしまう。
夫婦だし、医者の了解もある。彼女はいつまで鬱ぎこもっているべきではない、普通に生活して良いのだという考えから、クラークは実力行使に出たのである。
これはアンを激怒するところとなり、二人は大喧嘩となる。

このとき、新薬の実験をしているチンパンジーに、不可解な現象が起こる。かなりの割合で、チンパンジーが気分不安定になり、激しく攻撃性を示した後で死んでしまうのだ。
ここで、クラークはある疑念に襲われる。
痛みに弱いアンは、新薬を自らに投与したのではないか?ということである。
自宅に帰ってからのアンは、激しく興奮し、手が付けられない。新薬発見にしても、発表時にはアンは助手になるだけだ、本当の栄誉はクラークが持っていくと言う。そんな待遇に甘んじる必要はないのだと彼女は主張する。
調べてみると、たしかにサンプルの新薬がなくなっていた。
アンは、それを自宅に持って帰ったことを認め、性急な人体実験を回避するためだ、薬は廃棄したという。
しかし、廃棄の証拠は見つからない。
さて、アンは新薬を自分に投与したのかどうか?真相は結末に示される。。。


ストーリーは分かりやすい。アンとクラークの口論も、フェミニズム的な視点からの指摘に富んでいる。
このあたり、ジョアナ・ラスと並ぶフェミニズム作家の面目躍如とする。
評価は☆。ある意味で、センスオブワンダーには乏しい。多少古くなった感じは否めないな、と思う。

つい先日、あるデータが公表され話題になった。
男女の賃金格差であるが、20代については、ついに男女が逆転し、女性のほうが平均賃金が上回ったのである。
これをもって、単純に喜ぶべきではない。我が国の国会議員や企業管理職における女性の割合の少なさは、諸外国と比較しても異常なのだそうだ。
同じ人間であるのに、性差をもって、出世が左右されるのでは、女性は憤懣やるかたないであろう。
フェミニズム論者が言うところももっともだと思う。

一方で、出世と社会での生き残り競争に明け暮れせざるを得ない男性(おうおうにして、狭い世間で生きている)と比べて、女性のほうが人生を楽しんでいるのではないか、と思うこともある。
ついに逆転した20代女性の賃金であるが、さて、果たして、彼女らはそれによって、以前の女性達より幸福になったのだろうか?
単に「男並みに」働くよう強いられて、少し収入が増えても、気持ちはちっとも豊かでないことはありはしないだろうか、と思う。
もしも男女平等が「男女平等に苦しむ」話だとしたら、「みんなで貧乏に」なってしまったマルクス主義と同じで、もっと大きな不幸の入り口に過ぎないだろう。

私見であるが、すでに女性を「男と同じに扱え」という時代は終わったように思われる。
それは、つまり「男と同じ労働」で「男と同じ不幸」を背負い込むという話に過ぎないのではないだろうか?
とはいえ「権利を同じにするならば、義務もまた同様」という主張そのものは、当然に合理性がある。
男女平等はもちろん大事であるが、そこから、男女平等の「幸福」をどう考えていくかというゴールがなければ、単に平等を実現せよと叫んだところで、魅力に乏しい話だと思わざるを得ない。
そういう意味で、やはり時代は変わりつつあると思うのである。

single40 (id:singleandover40) 10年前
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
https://singleandover40.hatenablog.com/entry/2010/12/03/113922


『クルーイストン実験』


8月3日(水曜日) 曇り 午後雨パラつき

 たいして英語も出来ないのに英語の本ばかり読んでいるのも時間かかるしシンドイので、今は無きサンリオSF文庫からケイト・ウィルヘルムの『クルーイストン実験』(友枝康子訳)を。

『クルーイストン実験』_e0013704_19145572.jpg この本は数年前、当時スイスに住んでいた友人のSちゃんのところに遊びに行った時、チューリヒの日本人学校でお祭があり、そこの古本市で確か1シリング(約100円)で買ったものです。「サンリオSF文庫が100円とは、なんとラッキー」と思ったことを憶えています。一時期、レア物は古本屋で1,000円以上の値がついてましたから。もっともその後古本市場におけるサンリオSF文庫の値段はだいぶ下がったという話で、「うちにはサンリオSF文庫がそこそこあるから、いざとなりゃ古本屋に売れば小遣いぐらいにはなるわい」と獲らぬ狸の皮算用をしていたこちらとしてはシクシクです。

閑話休題。『クルーイストン実験』でした。

 痛みを抑える画期的新薬の開発に携わるクラークとアンの学者夫婦。アンが交通事故による下半身麻痺で仕事を休んでいる時に、新薬の実験に使っていたチンパンジーが凶暴化。アンの態度もだんだんおかしくなり、クラークは彼女が自らに新薬を投与したのではないかと疑心暗鬼に駆られだす…というお話、SFというよりも一般小説に近い作りです。

 読みながら、「アンが自分に薬を打ったかどうかはどちらとも取れるように書いてるけど、結局のところ二者択一だからつまんねーよなぁ」と思ってました。ぼくは結末が二者択一とか、殺人犯は五人のうちの一人とかいった類の物を退屈に感じる人間なのですね。クリスティーが巧いのは五人のうちの一人が犯人と見せかけて実は六人目がいたという手を繰り出してくるからでしょう?

 ところが話は次第に「薬を打ったか打たないか」という二者択一ではなく、アンとクラーク、女と男の精神・心理の違いから来る夫婦関係のズレについて、といったフェミニズム的考察へと重心が移っていくのです。この辺りから、自分たち夫婦の関係崩壊を「薬を打ったことで気がおかしくなっているため」と信じたがるクラークと、彼との関係をクールに見つめだしたアンとの決定的すれ違いに結構興奮してきました。ぼくの過去の愚かな過ちを思い出させてくれたりして、読んでて気持ちいいとは言えないけど。ラストはよくある手とはいえ、ちょっと感動的と言ってもいいほど。

 作者のケイト・ウィルヘルムの作品を読むのは初めてです。彼女は主要人物だけでなく脇の人物の心理まで、読んでいて納得できる・リアルに感じられるほど緻密に書いていて感心。逆に言うと共感できる登場人物が全くいないんですけど。また、心理を細かくかいているため登場人物の視点の切り替えも頻繁にならざるをえず、時々文章の中に映画でいうところの「切り返しショットにおける視線の不一致」的ミスを感じる箇所があります。もっとも小津安二郎がこのテオリーを無視したように、ウィルヘルムもわざとやったのかもしれません。小説における〔視点〕についてはぼくの参考になること大で、この辺、読んでよかったと感じられました。

 この人の他の作品はサンリオSF文庫でしが出ていないので現在では入手困難ですが、ちょっと探してみようかな。(8月4日 記)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ー
https://yaliusat.exblog.jp/399057/


odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

2017-03-08

ケイト・ウィルヘルム「クルーイストン実験」(サンリオSF文庫)

アーシュラ・ル・グィン サンリオSF文庫


 「アーシュラ・ル・グィン」のタグをつけたのは、彼女とほぼ同時代(1970年代)に、フェミニズムSFを書いたアメリカ作家であるということから。

f:id:odd_hatch:20170308084845j:image

 大手製薬メーカー・プレイザー製薬は、新しい痛みどめの開発を行っている。臨床治験のフェーズの最初の方でよい結果が出て、現在はチンパンジーで治験中。そろそろ人体実験に移ろうかというところ。Pa因子と命名した新薬は、優れた効果をだしているが、あるときチンパンジーに異変が起きる。それまで熱心に子育てをしていたチンパンジーが子供を邪見にあつかい、育児を放棄し、それでも近寄る子供を傷つける。そのようなチンパンジーは3頭も出る。イライラや落ち着かなさがみられていたが、次第にふさぎ込み頭を抱えて動かないようになってしまった。

 ここで会社の方針は2通りに。古くからの経営カンブクラグマンは実験を継続して会社に地歩を固めたい。研究者はこぞって一時停止を訴え、新しい幹部、次期社長候補もそれに同調する。会社の内部の対立は、雰囲気をぎくしゃくさせる。(主題にも、ストーリーにも関係ないが、これは逆ではないかな。新薬開発途中にトラブルがあれば、研究者は実験の継続を主張して、経営者はブレーキをかけるほうにまわるのではないか。

初出1976年では、できたばかりの遺伝子組み換えを普及させるか、歯止めをかけるかで大論争になり、いったん実験のモラトリアムになっていた。そのできごとの反映なのかなあ)。とはいえ、これは「サンリオSF文庫」に翻訳されたSF小説なので、企業小説、経済小説のような経営と研究の反目や業績低迷の克服などは描かれない。


 このPa因子を発見し、治験までもっていったのは、アン・クルーイストンという天才女性科学者。この異常事態に対処する立場にあったが、あいにく数か月前に自動車事故を起こしてリハビリ中だった。実験の様子は、夫のクラークからもたらされる。病院から退院し、自宅で治療するアンの様子は以前と変わった。人付き合いをしないようになり、イライラして、暴力的な様子を見せる。食事をとらなくなり、目だけぎらぎらさせている。治療の気分転換になるだろうと子猫をもらってきたが、数日後、木津付いた姿で見つかり、死んでしまう。クラークの疑惑は痛みをこらえるのが難しいアンが帰宅後はそのようなそぶりを見せないこと、となるとアンの様子はPa因子を勝手に服用しているからでは。しかし、アンはクラークのすることをすべておせっかいとみなし、sexを強姦だといい、部屋にいれさせない。


 小説は、事件の関係者(およそ10人くらいか)の内面を克明に描く。登場人物10人分くらいの内面を別々に作り上げていて、そこに示される作者の力量はすごい。でもそれが読書の快楽に至らないのは、アンをのぞいたひとたちはおろおろしてばかりで、事態解決にいっさい関与しないこと。みんな傍観者、アーチャーみたいな探偵ならその態度はありなんだろうけど、事件の関係者なんだよ、きみたち、保身であろうと、友情であろうと、職務であろうと、もっと動けよこれは敵になるしかないわなあ。という具合。なるほど海外企業でも派閥の争いはあるのだなあ、度し難い連中ばかりだなと投げやりな気持ちになる。


 そのうえ中心にいるアンの性格の悪いこと。こいつは頭がよくて、親兄弟であろうとみんながバカに見えて、それを隠そうとしない。そのうえPa因子の研究の立役者なのに、会社の待遇に不満をもっている(1970年代当時には女性研究者が重要なポストを得るというのは至難の業)。交通事故で痛めた足の回復ははかばかしくなく、松葉杖を使ってもうまく歩行できない。こういう不満とコンプレックスがないまぜになって、人の悪口陰口を言うわ、自分の都合が悪くなるとヒステリーを起こすわ、自分の都合に人を合わせようとしてそうならないと怒り出すわ。


 最後の20ページくらいになってようやく小説が動き出す。アンは研究推進派の幹部とグルになって、会社の進める州立病院の入院を拒否し、私立病院(実質は幹部の用意した秘密の人体実験場所)に入院する。そこでアンはPa因子を服用したことを認める。しかし、幹部からすると夫と離婚し、友人と離反して、研究所に引きこもるアンには未来はないとしか思えない。それが正しいかどうかは小説の中では決着していない。なので、読者はもやもや。アンの行く末を慮りたいが、さてこのエキセントリックな女性はそこまでの同情を買えるかしら。俺はそうならなかったし、むしろ振り回される小心な夫に憐憫を感じてしまった(自分より頭のよい女性を妻にして、あらゆることにコンプレックスを抱くというのが新しい人物造形)。


 まあ、このような強烈な意志や欲望を持っているのが女性なのですよ、もっと敬意と評価がなされるべきで、そうすればアンのような悲喜劇は回避できますよ、といっているのかもしれない。そこまで読んでもいいものなのかしら、わからん。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/20170308/1488930543



トーキングヘッズ叢書ケイト・ウィルヘルム追悼特集に『クルーイストン実験』のレビュー

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.アトリエサードのトーキングヘッズ叢書75号におけるケイト・ウィルヘルム追悼特集に、『クルーイストン実験』のレビューを寄せました。

「TH(トーキング・ヘッズ叢書)No.75 秘めごとから覗く世界」に、「追悼・ケイト・ウィルヘルム」特集が掲載されています。8ページにわたり、安田均、大和田始両氏の力作論考に加え、岡和田晃・高槻真樹・東條慎生・待兼音二郎・松本寛大・渡邊利道の各氏による邦訳作品総解説が掲載されています。 pic.twitter.com/QMcAB0ZnDA
— 岡和田晃_新しい評論単著が出ました (@orionaveugle) 2018年7月29日
『クルーイストン実験』は読んだウィルヘルム作品のなかで一番良いと思ったので、それを担当できたのがとても嬉しいですね。「女」がいかに排除されるか、という生々しいホラーでもあります。一点補足したいところとして、ディーナという同性愛者的描写のある女性が出て来ますけど、アンに近づきながらも拒絶されたことでアンへの疑惑を吹聴するようになっていて、つまりアンを愛する男女それぞれからアンは追い詰められる展開になるという。

ウィルヘルム特集は短いなかにぎゅっと詰まってる濃さで、レビューは小説に埋め込まれた挑発や悪意を掬おうとしていて、あたりさわりのない紹介にはならないように書かれています。私も『クルーイストン実験』で、オープンエンドに見えてしまうのは何故なのか、ということを示したつもりだったりします。

ウィルヘルム作品のなかでは、SFは読んだという人にもSF読まない人にも勧めるとしたら『ゴースト・レイクの秘密』かな、と思ってます。これ夫を亡くしてその代理を務める女性判事が主人公だけど、判事としてはじつは夫よりも優秀で、生前はいわば夫を立てていた過去がある。夫婦ともにそのことを分かっており、刑事事件を扱わなくなったのは、法廷で出会えば夫に勝ってしまい結婚生活が破綻するからだ、という描写がある。「女にとって未亡人になることは自由を意味する――」なんてフレーズも。女として生きることを描く非常にいい小説だと思います。 これもまったく過去のことではありませんね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
https://closetothewall.hatenablog.com/entry/20180902/p1
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