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2021年01月14日18:37

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J・G・バラード『ハイ・ライズ』>ロンドンの中心部にある、現代技術の粋を尽くした高層マンション。40階建て、一千戸あり、専用のマーケット、プール、銀行、小学校まである、何もかも揃った小さな空中都市

藤元登四郎
» SF・ファンタジー他
» J・G・バラード テクノロジー三部作 ― 分裂する欲望 #3

コラム
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投稿日 2016.10.31 更新日 2016.10.31 3900文字
未来にも残すべシ個人的には超好ミ初心者でも読めル


J・G・バラード テクノロジー三部作 ― 分裂する欲望 #3







ハイ・ライズ


ハイ・ライズ  著者: J・G・バラード


出版社:東京創元社

発行年:2016


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3『ハイライズ』(1975年)

高層マンションの集団的恍惚

ロンドンの中心部にある、現代技術の粋を尽くした高層マンション。40階建て、一千戸あり、専用のマーケット、プール、銀行、小学校まである、何もかも揃った小さな空中都市である。二千人の入居者は生活にゆとりのある専門職であった。完全なプライバシーがあり、無人のビルに一人で住むようなもので、理性ある住人にとってユートピアであることは確かだった。ところが住人に潜んでいた野蛮でファシズム的欲望が次第に露わになり、パラノイア的になり、マンションはカオス的なディストピアに変わってしまった。
ドクター・ラングはバルコニーにすわって、ジャーマン・シェパードの尻肉を食っていた。彼にとってこのマンションはディストピアではなく、わくわくするよろこびを感ずるところであった。なぜこのような事態が起こったのか?

登場人物

ロバート・ラング

25階に住む、医学部の上級講師。野心家の妻と離婚して、平和と静寂と匿名性を求めて、この高価な高層マンションに引っ越してきた。彼はそこに荒れ狂う混乱を単なる傍観者として観察していた。病院に勤めには出るが、いそいで、居心地の良い高層マンションに戻ってきた。

リチャード・ワイルダー

二階の住人、テレビのプロデューサー。元プロラグビー選手で、ガッチリした体つきの喧嘩好きなプロボクサーのようなたくましい男であった。映画会社に勤務しドキュメンタリーを手がけていた。彼は高層マンションに強度の恐怖症を抱いていた。自分の上に積まれているコンクリートのものすごい重量が絶えず気になり、自分の体が建物内を縱圓冒る力線の中心になっていて息苦しかったのである。それを振り払うために、高層住宅のドキュメンタリー番組を作ろうと思いつき、登山家のように上の階に昇ろうと試みた。そしてこの状況をドキュメンタリーとして映画化しようとした。
妻のヘレンは書評家である。

アンソニー・ロイヤル

40階に住む。このマンションを設計した裕福な建築家。ジャーマン・シェパードを引き連れて封建領主のように君臨していた。

高層マンションの難破

この現代科学の粋の結晶である高層マンションは、ロンドンや周りの世界とは独立した空中都市であった。しかし住人たちは、完全に社会から隔離されたわけではなく、依然として社会と緊密に結びついていた。すなわち、経済状態に応じて三層に別れていたのである。9階までの下層は映画技術者やスチュワーデスなどプロレタリアート。15階から35階までの中層は医師、弁護士、会計士、税理士などミドルクラス。そして36階以上の上層には上流階級、実業家、企業主、テレビ女優、野心家の学者などが住んでいた。
ある日、宙吊り宮殿と呼ばれる40階に住む富裕な宝石商が窓から落下して死んだ。これは、周りの社会との名残である経済的三層構造が崩壊を開始する象徴的な事件であった。この最新鋭の高層マンションは高級客船のように港を出たが、難破して孤立し、カオス的状況に陥った。

住宅設備の故障と「美と清潔さ」の崩壊

住宅設備には考えられる限りの故障が起こった。空調はほとんど作動せず、悪臭がして、エレベータは超満員となった。環境が劣悪となるにつれて、住人もその環境に適応していった。住人は憂さ晴らしに、部屋を破壊したりバリケードを築いたりするなど、マンションに攻撃を加えて憂さ晴らしをした。もはや、やりたい放題である。
建物の周りには、ごみ、割れた空き瓶、空き缶、壊された車、建築資材などが山積みされ、プールにはペットの死体が浮かんだ。身だしなみにも構わなくなり、自分の体臭さえも気にならず、むしろ、女性を引き寄せるビーコンのように感じられた。トイレットトレーニングも失われ、これまで敵視されてきた不潔さや排泄物は日常的なものになった。誰も食べ物に頓着せず犬を食べるようになった。

階層間闘争

住人の心の底に隠れていたファシズムがむき出しになり、三つの階層の間で入り乱れた闘争が起こった。誰もがすべての施設を利用できる契約であったが、上層階住人は35階のプールから子どもを締め出した。しかし、エレベータの故障が起こって階層間の差別が曖昧になっていった。隣人同士でいさかいが起こり、犬の飼い主と幼児を持つ親との対抗意識が起こるなど闘争が始まった。しかし争いばかりではない。距離感が失われたために、人間関係は近さと遠さが混じり合って新しい関係が生まれた。退屈した細君たちが深夜パーティに出たりするなどセックスが自由になった。停電中に性犯罪が起こり、暗闇という条件の中で貪婪な植物がはびこるように性関係が乱れた。

暴力とセックス

他者との関係はファシズムとセックスだけに単純化されてしまった。共同体の意識は、戦いとパーティによって生まれ、あちこちで襲撃事件が起こった。住人たちは自分たちのエレベータを見張り、廊下でも互いに睨み合い、バリケードを作った。乱痴気パーティ、喧嘩、留守宅収奪、単身の住人への襲撃など、生活の秩序が乱れた。
レイプは派閥のメンバーの結束を測る貴重な有効な手段であるようであった。みんなセックス・ライフを広げるのに有効な手段となる騒ぎを切望していた。愛や美は憎しみに変わり、正義や秩序は敵視された。結婚の結びつきや隣人愛はかき消えて、ペットへの暴虐など攻撃衝動が支配した。女性は大勢の男にもてあそばれたので、もはや陵辱行為は何の意味も持たなくなった。

新しいタイプの人間の誕生

快と不快との区別も解消され、自我と環境との区別もつかなくなり、誰でも他人の部屋に入り込み、カオス的状況となった。これまでコントロールされてきた動物的な感情が蘇ったのである。
フロイトが「野蛮とは文化の反対を意味する概念である」と述べているように、そこには野蛮がはびこった。もはやこのマンションは文化的人間のためというよりも、野蛮な人間のために作られたようなものであった。
マンションには内部時間があり、人工の心理的風土のように、アルコールと不眠に満ちていた。新しいタイプの人間が生まれた。クールで、無感動で、高層住宅暮らしの心理的圧迫には動ぜず、必要最小限のプライバシーがあればよかった。
住人はあらゆる社会の軛から解放されて自由となった。ちょうど、子どもが遊園地で駆け回るように、もはや遮るものはない。住人は野蛮な生活に魅入られ、集団的な恍惚状態になった。ただ、ドクター・ラングにはこの悲惨な状態を観察し、我慢するためにモルヒネに頼った。

まとめーなぜこのような事態になったのか?

高層マンションに住む人々は、最も文化的な生活を楽しみ、快適な時間を過ごすために入居した。彼らは都市の中にある、何もかも揃ったアイランドで孤立した生活を送るはずであった。高層マンションは上層、中層、下層として収入に応じた階級制度によって、完璧に秩序立てられていた。そこで集団生活を送るためには、道徳的自立と自己犠牲と一定の自由が均衡を保つ必要があった。ところが、下層階と中層階の住人には上の階層に対する不満が隠れていた。人間の価値は収入の多寡によって決まるものではない。そこには初めから集団生活の均衡に逆らう力が潜んでいたのである。
巨大マンションは三ヶ月経つと、設計通りに機能しなくなった。それがきっかけとなって、集団生活の均衡に逆らう力が強くなり均衡が破れた。不満が露骨に表面に現れ、法律や社会的慣習や教育によって抑圧されてきた欲望が表面に昇ってきた。住人には集団的な退行が起こり野蛮さが復活した。それは高度に都市化して組織化された社会に起こってくる人間の疎外感の反映であった。この疎外感が反社会的な欲望やファシズム的行動を生み出したのであった。
しかし、住民たちが階層性を失ってカオス的状態に陥ると、それが日常となって均衡状態に達する。そうすると、再び均衡状態に逆らう反カオス的力、つまり秩序へ向かう力が増大していくのである。この作品は、高層マンションの混乱が次第に沈静化し、秩序が戻ってくることを暗示して終了する。

「テクノロジー三部作」― 理性と悪夢の婚姻

「テクノロジー三部作」は、科学技術や資本主義社会への批判だけではなく、それらによって変容する心理、すなわち新しく創造された「内宇宙」を克明に描き出している。バラードは『クラッシュ』の序文で、20世紀は理性と悪夢の婚姻によって支配されていることを指摘した。それは資本主義的な社会の現実と「内宇宙」に生きる幻想とがしっかり結びついていることを意味している。資本主義が進化し強力になりコンピュータの支配が進んで社会的組織の中に確固として組み込まれていくと、人間は孤独になり、ファシストになり、幻想的エネルギーにとりつかれてその欲望は分裂していく。内宇宙の奥深くでは、「偉大なる双子のライトモチーフであるセックスとパラノイアが君臨し、愛情の死という精神の病がみなぎる」ことになる。
バラードの描く精神地理学はまさしく、わたしたちの内宇宙で進行する欲望の分裂のスペクタクルである。バラードは偉大な預言者であった。彼の作品は科学技術が増殖し続ける21世紀においてますます重要性と輝きを加えている。






幻想の未来/文化への不満


幻想の未来/文化への不満
著者: Freud Sigmund/ジークムント フロイト/中山 元/フロイト


出版社:光文社

発行年:2007

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
https://shimirubon.jp/columns/1675415
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