申命記が始まった。これも祈祷会で学んでいるところだから、理解が深まる〜と言えたらいいんだけど、こんなとこ、あった?とかいう低レベル。でも、楽しい。嬉しい。
プレーンのヨーグルトに、超すっぱい梅ジャムを入れて食べると、酸っぱいはずのプレーンヨーグルトが甘い!いつもなら、ジャムをたくさん入れたいのに、超すっぱい梅ジャムは、入れすぎると酸っぱすぎてたまらん!ところが、ジャムを減らしてみると、甘く食べ
月1の土曜日、聖書を学んでいるんだけれど、第2コリントが無事?終了。おぼろげにでも分かった、と言えたらいいんだけど。他人の手紙を盗み読み?しているようなものだから当事者でしか分からないこともある、と書いてあるのを読んだことがある。そこに逃げ
ローマ人への手紙、最後。「私たちの人生、日々の生活は様々な課題に取り囲まれています。仕事のこと、家庭のこと、経済のこと、健康のこと、老後のこと、人生の締めくくりのこと・・・。どれもが私たちから力を奪い、衰弱させるに十分な課題です。」「私たち
この雨で、雑草と竹がもりもりと力をつけてきて、えらいことになってきました。明日から2、3週間計画で、ラジオ体操もやめて頑張るしかない。しばらくは、アジサイ特集。
いなりこのシンボルとも言える斑入りのアジサイの名がわかりました。恋路ヶ浜、というんだそうです。これは通りすがりのアジサイ。
完璧者は、いつも不機嫌。自己の存在を喜び、他者の存在を喜び、お互い欠けある者であることを認め、神から赦されている者同士として生きる。どんな正しさも、この喜びにまさるものはありません。まさに!まさに!
今日の礼拝に尚綗教会の牧師が来られた。お会いするのは二度目ということになる。今日は、主人が近所のおじさんサロンに初デビュー。感想を聞くのが楽しみ。
健康を求めすぎているのかもしれません。快適を求めすぎているのかもしれません。病んでいる世界の病巣のどこかに関わりながら、自分も痛みながら生きることが人間としての健全さかもしれません。
今月3日で、一周年を迎えた。今は、新ルールを採用している。夜のうちにクイズを張り出しておいて、それが解けた人は、その日の出題を免れる、というもの。というのも、出題するものがないと言って苦しむ人(約一名)のための救済策なんだけど、私には理解で
少し片付けは残っておりますが、少しずつ日常へ。これが今年我が家にお目見えの新兵器。これにも楽させてもらえたのか、振り回されたのか、よくわからない。
喜んでいたけれど、疲れと寝不足のうえに、用事も溜まって、なんともまぁ。今回は、苗の失敗で、いつもの苗箱の倍を洗うことに。さすがに指がおかしくなりました。
三文の得、ではないけれど、もう暑くて暑くて、作業は早朝に限る。というわけで、この頃、さっぱりラジオ体操はお休み。録画してまでやるのもねえ。
これは、大学生として上京した兄が、最初にお世話になった下宿先のおばあさんに、私がもらったもの。手作りはあたたかい。もう、45年にもなるか。
主人と見たいテレビが殆ど合致せず、チャンネル権の取り合いにならないよう、テレビが二台あるんだけれど、主人の録画で見せてもらいたいものが、ブラタモリ。タモリさんが「笑っていいとも」を退職?されるまでは、扱う場所が東京近辺だったけれど、今や全国
巣作りに何日もかかっている。メス(多分)が巣の内側の仕上げをしている(多分)間、雄は近くの電線で小さくさえずりながら、警戒を怠らない。殆ど巣が完成した今頃になって、巣とメスだけを横取りしようとする奴がいるのか、メスが巣にいる時に、二、三羽の
半分が終わりました。そういえば、主人が退職してから田んぼが増え、去年は日曜日も田植えをしたんだった。今年は苗のハプニングがあったため、二週間にまたがることになったわけ。不幸中の幸い?かも。
心配が増える、蛇が来ないかとか。私が心配しても始まらないのにね〜。「その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。」マタイによる福音書10章29節(新共同訳聖書 新約P18)
いつ主人に切り出そうかとご機嫌を伺っていたら、先に気づかれてしまった。が、ここやったらおいといたれとのお言葉。よかった。これは今朝の写真。今日一日、さらに巣作りに励んでいた。