mixiユーザー(id:34563293)

2021年05月09日12:56

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現代における喧嘩両成敗

喧嘩両成敗って要するに自力救済の禁止であり、端的に言えば武力を背景に正義を犠牲にして秩序を維持するための法。

中近世の統治能力では個別の事案の理非をいちいち処理できないのだからまぁ仕方がないとも言える。

が、現代は法治主義の社会なので喧嘩両成敗はそれに相容れない(少なくともそういう部分がある)裁定であると理解しなければならない。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年05月09日 12:59

    小学生の俺に今くらいの語彙力があったら教師に喧嘩両成敗と言われたときに

    「つまり、教師の権限を背景に正義を犠牲にしてでもクラスの秩序を維持したいんですね?教育者としてはそれは問題ありませんか?」

    と言い返したのになあ。

    それと、嫌いな奴に喧嘩売って

    「先生!俺、Aと喧嘩しました、喧嘩両成敗なので俺とAに同じ罰を与えて下さい」

    もやっただろうな。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年05月09日 13:02
    そもそも

    遺恨、怨恨のある相手を名指しして腹を切ることで相手を切腹に追い込む「指腹」というのもあったのだから喧嘩両成敗の「理非を問わず」というのはその時代から活用されていたわけだ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年05月09日 13:04
    要するによく使われてる言葉でもキチンと歴史的背景まで理解せずに使うと大変な目に会うのだ。

    一度口にした言葉を撤回するのは容易ではない、からこそ中途半端な理解の言葉は使うべきではないね。

mixiユーザー

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