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2018年05月26日12:15

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ビル・ゲイツのドラえもん

西洋文化から切り離された普遍的文明は、
もはや形式を持たない内容そのものである。
文化が主観的、精神的で、文明が客観的、物質的であるのではない。
文化は形式的であり、文明は実質的なのである。
グローバル文明はもはや形式にこだわらない。
資本主義でも社会主義でも民主主義でも独裁主義でもよい。
国籍・民族性は重要ではなくなる。
グローバル化は人類の存在形式の脱形式化、流動化なのである。
のみならず、あらゆる形式化、固定化自体を否定する存在形式である。

文明とは自由に「欲する」ことである。
あらゆる形式を超えて、より便利になること、
より楽になること、
より長生きすること、
より美しいものを増やすこと、
より愛し愛されること、
その他今後人間が「欲する」であろうものを現実化することが文明の営みである。
失われる前に保存するものではなく、
これから手に入れたいもののウィッシュ・リスト、
否、その無限の更新である。
それが文明の永遠の命の源泉である。

文化は意識的な擁護者を必要とするが、
文明は個々人の自発的な活動からその生命を得る。
さまざまな利器を繰り出すドラえもんの連載を楽しみに待つ我々庶民こそが、
文明のよき理解者であり最大の支持者である。
自由とは選択肢が増えることであるというビル・ゲイツは
「ドラえもん」を創ろうとしている技術者集団の思想を代弁しているにすぎない。

生活にしたがって欲するものを決めるのではない。
何を「欲する」かにより生活自体を変えていくのだ。
われわれが生きるのは、生活を守るためではない。
身分不相応だと思われるような欲望を自らに許し、
それを満たすあらゆる機会をうかがうことが真の生である。
目的ではなく、そこに至る過程こそが生である(大杉栄)。
これが普遍的文明の哲学である。
その偶像はビル・ゲイツの「ドラえもん」である。
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