井上章一 1955生 京大工学部卒、国際日本文化センター教授
本郷和人 1960生 東大部文学部卒 東大史料編纂所教授
１枚目 青岸渡寺と那智の滝（飛瀧神社）
2枚目 日野富子
３枚目 百人一首の持統天皇
歴史学は狭ければ狭いほど良いとされているが、私（本郷）の勤めている史料編纂所はその総本山のようなものである。しかし学生の頃、石井進先生はホラを吹けと勧めてくれた。今、井上章一先生は広い視野を持ち建築学、社会学、歴史学と洋の東西を問わず広い守備範囲を持つ第一人者である。先生から豊かな日本史のミカタを教わった思いである。
第一章 神話と統治
井上：伊勢神宮では応仁の乱以降荘園などからの収入が途絶えた。その危機を解決するために神官や参詣者の世話役の御師たちは観光開発を始めた。全国を回り、天皇家に直属する伊勢神宮がいかに尊いかを説いて回った。このことが、期せずして神話世界と尊王思想の宣伝となって、江戸末期につながっている。本居宣長などの国学思想の影響力はたいしたものではなかった。
★海風：室町中期からすでに、お上は当てにならないと民間活力が動き始めたらしい。
本郷：リーダーとして、権威のある人が選ばれるのには理由がある。
井上：ぽっと出の人が力で制圧し正統性を勝ち取るまでにはすごく時間がかかる。最初から正統性を担保してくれるものがあるとコストが安くすむ。
★海風：天皇の仕事は国家安穏祈願なので戦国時代のような事態が一番困る。で、収拾してくれそうな武将にお墨付きを与えるわけである。信長は浅井朝倉との戦いの時や、本願寺合戦の時などで助かっている。
本郷教授は日本には歴史資料が豊富に残っているというが、国宝などの文化財も含めて木造建築のわりに残っているのは徹底的な焦土戦術がなかったからだろう。
第二章 祭り上げの政治技術
北条氏は自らの官位を正四位に決めていた。
井上：朝廷の官位など、ただの飾りに過ぎないと思っているなら、そのような自制心入りません。正四位でとどめておこうという配慮じたいが、朝廷の軍門に下っているようなもの。
井上：（官僚政治と言うべき）摂関政治がどん詰まりとなって出現した院政は、いわば官邸主導の政治運営。しきたりにとらわれず、上皇みずからの判断で決めようという、進取の気性もあったのではないか。
★海風：摂関政治は前例主義だったのだろう。だから貴族たちは日記をつけて前例の証拠としていた。それが歴史資料になっているのだが。
応仁の乱の一方の主役だった山名宗全は「およそ例という文字をば、尚後（きょうご）は時という文字にかへて御心あるべし」という名言を残している。
第四章 日本国意識
井上：元寇（1274年、1281年）の約100年後の百年戦争（1339−1453）では、フランスの西半分の領主はイギリス王を支持していた。
一方、元寇では、日本の在地領主が元側に寝返った例はない。日本列島の方が早くから日本人意識が芽生えていたように思います。
本郷：村井章介（東大名誉教授）さんによれば、当時の博多は朝鮮半島や中国からくる人で賑わった国際都市。それなりの情報を持っていて裏切りがなかったのは日本人としての自覚があったからかもしれません。
井上：663年の白村江の大敗北でも裏切る者がなかった。すでに日本という枠組みができていたのでしょう。
鎌倉期に東国政権があったとしても、それは別の国ではない。
★海風：結局、奈良平安時代500年間、天皇親政、摂関政治、院政へと統治の形態は変化したが、当時の日本の領域の政治が安定していたからではないだろうか。だから他の国の支配者に服属するという意識の入る余地はなかったはず。
神話では、出雲に神々が集まる神無月の伝承がある。
日本のかたち
�仝¬臑寮�論
権門体制の下部構造が荘園制
王家の下に貴族集団の公家、武士集団の武家、僧侶・神主の集団の寺家・社家
鎌倉幕府も天皇制化にあったとする。
��東国国家論
鎌倉幕府は天皇制とは別の国歌だったとする。著者の一人の本郷氏の立場だったが、事例を検討しているうちに、一元的な支配体制を認めざるを得なくなったという。
�８果�体制論 これは支配的宗教の
平安時代以降朝廷で信仰されていた天台宗と真言宗が仏教の二大宗派。法然や親鸞も延暦寺で学んでいる（日蓮もだが）。鎌倉新仏教というのは天台宗・真言宗の分派である。
顕教・密教体制というよりは、真言宗（東寺）の東密と天台の台密の密密体制というべき。
★海風：日本を代表する宗派と言えば、浄土宗系、日蓮宗に禅宗を思い出すのだが、意外にも実際は延暦寺・天台宗と南無大師遍照金剛の高野山・真言宗だという。
日本古来の山岳信仰から生まれた役行者の修験道（その修行者を山伏という）は密教と結びついた。確かに、延暦寺も高野山も山の中にある。彼らは加持祈祷によって国家安穏から病気の回復、安産をもたらすと信じられていた。枕草子では頼りないのを寄こしたと怒っていたが。
五章 絶対王政・室町幕府
井上：封建制と資本主義のバランスの上に成り立つのが絶対王政（16−10世紀のヨーロッパ）だとすれば、室町幕府こそ日本史における絶対王政ではないか。
井上：ルイ14世がベルサイユ宮殿を作ったのは、フロンドの乱で封建領主にそっぽを向かれ、ブルゴーニュ公やシャンパーニュ伯に領地に戻られるのが嫌だった。だから豪華なベルサイユ宮殿を立てて、モンテスパン侯爵夫人やマントノン侯爵夫人のようなええ女を見せつけて、諸侯を宮廷人にしようとした。徳川将軍のように参勤交代を押し付ける力がなかったから。
本郷；将軍には御家人たちを動員・指揮できる主従制的支配権と行政や司法など統治権的支配権の二つを保持している。ただ、商売で儲けようとするとなると、やはり京都なんでしょうね。
井上：私は、室町時代の日野家をルネッサンス期のフィレンツェのメディチ家を対比してみたい。
本郷：芸術及び芸術家を保護したところはそっくりです。日野富子の夫・義政は禅宗の影響を受けた銀閣寺を築きました。龍安寺の石庭や雪舟「秋冬山水図」などは世界遺産であり国宝です。
井上：荘園制は寺を軸に発展したように思います。その過程で、寺は租税回避地となり、そこから資本主義も膨らんでいった。その延長線上に室町幕府がある。
寺がマネーロンダリングの場所だった可能性も検討すべき。
禅寺は観光ホテルだった。
井上：しかし、そもそも宗教施設にどうして美しい庭園を造らねばならなかったか。
禅寺は将軍や守護大名の事実上の別荘だった。上洛した武家たちも禅寺に泊まる。そんな武将たちを慰めるのが、庭園であり、お茶だった。まるで、ホテルのサービス。
★海風：
今の日本は応仁の乱から始まる。それ以前は別の国のようなものとの説があったが、本書の著者たちもその延長にあるのだろう。さらに、日野富子をメディチ家に例えたり、室町幕府をブルジョアと封建領主の均衡を図っていた絶対王政だとしたり新鮮だった。そもそも絶対王政のそんな解釈は初めて聞いた。
それに資本主義は宗教に始まるという視点はウェーバーだが、宗教の倫理ではなく領主の垣根を超える宗教の流れを互いに利用したからだとするのも面白い。
第八章 明治維新はブルジョワ革命だった
井上：明治維新の時、官軍には戊辰戦争や天皇の東京行幸を行える資金はなかった。その資金集めを引き受けたのは三井です。鴻池は幕府側だったが三井に説得された。
三井が幕府を見限ったからこその成就で、明治維新はブルジョワ革命だったと考えています。賛成の日本史研究者はあまりいないでしょうけれど、経済史では知られた事実です。
本郷：高杉晋作の奇兵隊も、下関の豪商・白石正一郎がスポンサーでした。
本郷：商人は武士よりも、藩の締め付けが少ない。商人の方が日本という国も視野に入ってきやすかったのではないでしょうか。
井上：江戸時代の人にとって国とは自分の住む藩のことだと言われます。しかし攘夷と言った時、その相手は西洋人だった。逆に言えば、日本人意識も十分に強かったでしょう。
本郷：賛成です。違うのは豊臣秀吉の時点で日本という国の意識が固定していた。その時の王は秀吉であり、徳川将軍だった。
★海風：
マルクス主義のうち労農派は明治維新をブルジョア革命と規定していた。従って明治天皇もブルジョア・モナーキーとなる。で、天皇が日清製粉の娘と結婚するというので、高校の社会科の教師は「これで今の天皇制がブルジョア・モナーキーであることが証明された」と断言した。生徒たちはポカーンとしていたが。
もっとも、明治維新からというのか、戦後憲法によってというのかまでは、言ったのかもしれないが覚えていない。
一方、戦前の共産党の講座派は、まだ封建制を残した中途半端なブルジョア革命とした。それで、まずブルジョア革命を起こして、その後で社会主義革命をという二段階革命論となった。
朝ドラの「あさが来た」では、明治維新直後に、あさの実家の三井家が東京で大久保利通など政府高官と政府と直接取引する契約を結んでいた。本書の説に対応している。
井上：江戸時代からひな祭りにひな人形を飾るようになった。ひな壇には天皇皇后、左右大臣に三人官女。将軍はいません。また、小倉百人一首にも天皇の図像が多い。庶民が天皇を知らなかった事態はありえないことです。
★海風：
小倉百人一首については丸谷才一が同様のことを指摘している。
先に井上氏が言っていた伊勢神宮の御師もその役割を担っていた。
それに身分制度の時代には、上下関係に敏感だったと思う。日本では江戸の将軍が一番偉いと教えられたとして、それでは「みやこ」って何だと疑問がわくはずだ。
★海風：まとめ
昨日の（４月20日）のブラタモリで熊野古道をやっていた。平安末期だと思うが、熊野三山を結んで参詣者を集める道を整備したのは山伏たちだったとのこと。更に熊野の御利益（那智の滝など）を全国に宣伝して回ったのも山伏たち。つまり、伊勢神宮の御師たちがやったことと同じことを、ずっと前に熊野三山でもしていたわけで、険しい山岳地帯なので伊勢よりも大変な作業だったと思われる。
このような宣伝活動は、寺社の営業とか地域振興のためばかりではなく一種の布教であって本質的にキリスト教会の布教と同じだと思う。
日本が比較的に安定した社会だったのは、新しく登場した実力者たちも歴代朝廷の作った秩序を壊すより、それを動かす位置についた方が確実だったからだろう。天皇や公家たちを立てねばならないが、天皇のお墨付き見せることで、全国の武士たちを納得させやすかったし、その方が血もコストも少なくて済むわけである。
家康の「馬上天下を取るも馬上天下を治むべからず」も、儒教より、天皇公家制度に自身を位置付けることが先だったろう。つまり天皇公家制度は安定した支配のための不滅のインフラだったわけである。
今は、これを壊したいという人もいるようだが、その勢力が多数を占めることはないと思う。
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