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2020年11月22日01:32

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 昔の日記。 「宗教と金」

 10年以上前の日記です。 
 ふと読み直してふと思いついて、再掲します。

  宗教と金ーカネー

 ※「宗教」と言っても、宗教「そのもの」ではなく、「宗教団体」や「宗教活動関連」としてお読み下さったほうが良いかもしれません。
 救いや利他を旨とする、色々な宗教が、活動の一つとして寄付を呼び掛けることが多いと思う。
 (自分が必要としている以上の)お金を貯めることに余りにも執着過ぎるのは、良いことではない。また、助けを必要とする人々に自分の財や労力を喜んで与えることは、素晴らしい。神仏が喜ぶことであろう。
 もちろん、その通りであろう。だから、寄付を呼びかける。
 しかし。以下は、特に「新宗教」といわれる教団において。 
 自教団への寄付が、それ以外への寄付以上に大事に扱われているような気がする。
 かみさまや ほとけさまの 教えを行なうにはグループや団体が必要だし、それらを保つにはお金が要る。教団への寄付を求めることは当たりまえな事だ。
 が。常に困窮している教団ならともかく、それらの「新宗教」の多くは今や、大きなお社やお寺や教会や道場が数多く建ち、信徒もとても大勢だ。
 もう、自分の教団への寄付は、必要としなくなってきているのではないか?
 世界には数えきれないほどの、助けを必要としている人々がいる。
 寄付を呼びかけるなら、集めた浄財をそんな人々(や、その人たちを支えるグループ)にしっかりと届けること‐浄財の「使用明細」を公開して。
 或いは、そんな人たちを助けるNPOやNGO
などのグループとしっかりと協力する‐もちろん、浄財の「使用明細」を公開して。
 または、寄付の届け先を教団に限定しない。教団への寄付もそれ以外への寄付も、等しく扱う。

 それをこだわらずに目指し続けられる「「宗教」があればいいなぁ、と思う。


   昔、T都T川市に本部を置くある新宗教に3年ほど、籍を置いていたことも。
     個人崇拝が過ぎる、と思って、離れましたが。
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