ホーム > mixiユーザー(id:33738144) > mixiユーザーの日記一覧 >  渋川 春海(しぶかわ はるみ、しぶかわ しゅんかい

mixiユーザー(id:33738144)

2017年04月10日12:14

335 view

渋川 春海(しぶかわ はるみ、しぶかわ しゅんかい

渋川 春海(しぶかわ はるみ、しぶかわ しゅんかい
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%8B%E5%B7%9D%E6%98%A5...
渋川 春海(しぶかわ はるみ、しぶかわ しゅんかい、寛永16年閏11月3日(1639年12月27日) - 正徳5年10月6日(1715年11月1日))は、江戸時代前期の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。幼名は六蔵、諱は都翁(つつち)、字は春海、順正、通称は助左衛門、号は新蘆、霊社号は土守霊社。貞享暦の作成者。姓は安井から保井さらに渋川と改姓した。

生涯
天文分野之圖。保井春海(渋川春海)著。延寶5年(1677年)。
(上)渋川春海作の地球儀。1695年製。(下)渋川春海作の天球儀。1697年製。ともにレプリカ(国立科学博物館の展示)。

江戸幕府碁方の安井家・一世安井算哲の長子として京都四条室町に生まれた。慶安5年(1652年)、父の死によって二世安井算哲となるが、当時13歳であったため、安井家は一世算哲の養子・算知が継いで、算哲は保井(後に改字)姓を名乗った。これより、秋冬は江戸に、春夏は京に住んだ。

そして万治2年(1659年)に21歳で幕府より禄を受け、御城碁に初出仕、本因坊道悦に黒番4目勝ちした。この後、算知、弟の知哲、算知の弟ともいわれる春知などとともに御城碁に出仕する。延宝6年(1678年)に本因坊道策が碁所に任じられた際には、これに先の手合、上手並み(七段)とされた。

数学・暦法を池田昌意(まさおき)に、天文暦学を岡野井玄貞・松田順承に、和漢の書および垂加神道を山崎闇斎に、土御門神道を土御門泰福に学んだ。当時の日本は貞観4年(862年)に唐よりもたらされた宣明暦を用いていたため、かなりの誤差が生じていた。そこで21歳(1659年)の時に中国の授時暦に基づいて中国や四国の各地の緯度・経度を計測し[1]、その結果を元にして授時暦改暦を願い出た。ところが、延宝3年(1675年)に春海が授時暦に基づいて算出した日食予報が失敗したことから、申請は却下された。 当時用いられていた宣明暦は、月食・日食の予報が天の運行に二日も遅れていたので、彼は、1670年(寛文10年)32歳の時、天体を日夜観測し、新暦の作成に向かった。[2]。

春海は失敗の原因を研究していくうちに、中国と日本には里差(今日でいう経度差)があり、「地方時」(今日でいう時差)や近日点の異動が発生してしまうことに気づいた。そこで、授時暦に通じていた朱子学者の中村斎の協力を得ながら、自己の観測データを元にして授時暦を日本向けに改良を加えて大和暦を作成した。春海は朝廷に大和暦の採用を求めたが、京都所司代・稲葉正往の家臣であった谷宜貞(一齋・三介とも。谷時中の子)が、春海の暦法を根拠のないものと非難して授時暦を一部修正しただけの大統暦採用の詔勅を取り付けてしまう。これに対して春海は「地方時」の存在を主張して、中国の暦をそのまま採用しても決して日本には適合しないと主張した。その後、春海は暦道の最高責任者でもあった泰福を説得して大和暦の採用に同意させ、3度目の上表によって大和暦は朝廷により採用されて貞享暦となった。これが日本初の国産暦となる。春海の授時暦に対する理解は同時代の関孝和よりも劣っていたという説もある[3]が、斎のような協力者を得られたことや、碁や神道を通じた徳川光圀や泰福ら有力者とのつながり、そして春海の丹念な観測の積み重ねに裏打ちされた暦学理論によって、改暦の実現を可能にしたとされている。

この功により貞享元年12月1日(1685年1月5日)に初代幕府天文方に250石をもって任ぜられ、碁方は辞した。以降、天文方は世襲となる。

囲碁の打ち方へも天文の法則をあてはめて、太極(北極星)の発想から初手は天元(碁盤中央)であるべきと判断している。寛文10年10月17日(1670年11月29日)の御城碁で本因坊道策との対局において実際に初手天元を打っており、「これでもし負けたら一生天元には打たない」と豪語した。しかしこの対局は9目の負けに終わり、それ以後初手天元をあきらめることとなった。

貞享3年(1686年)、春海は幕府の命令で京都より家族とともに江戸麻布に移り住み、元禄2年(1689年)に本所に天文台の建設が認められた。1690年、52歳の時、日本で最初の地球儀(直径25センチメートル)を造った。1697年にも直径33センチメートルの地球儀を作っている[4] 元禄5年(1692年)に幕府から武士身分が認められたことにより、蓄髪して助左衛門と名乗り、元禄15年(1702年)に渋川に改姓した。これは、先祖が河内国渋川郡を領していたが、播磨国安井郷に変わり、再び渋川の旧領に還ったためである。元禄16年(1703年)、天文台は更に駿河台に移された。著書に天文暦学においては『日本長暦』『三暦考』『貞享暦書』『天文瓊統』、神道においては『瓊矛拾遺』がある。改暦の際に「地方時」の存在を主張したように、彼は中国や西洋では地球が球体であるという考えがあることを知っており、地球儀をはじめ、天球儀・渾天儀・百刻環(赤道型日時計)などの天文機器を作成している。
墓所(東京都品川区)

後に嫡男である昔尹に天文方の地位を譲ったが、正徳5年(1715年)に昔尹が子供のないまま急死すると、春海も後を追うように死去した。渋川家と天文方は春海の弟・知哲の次男敬尹が継承した。法号は本虚院透雲紹徹居士。墓は東京都品川区の東海寺大山墓地にある。明治40年(1907年)に改暦の功績によって従四位が贈位された。平成24年(2012年)、第9回囲碁殿堂入りが決まる。
囲碁の戦績

御城碁

御城碁は天和3年(1684年)まで17局を勤めた。

万治2年(1659年) 先番4目勝 本因坊道悦
寛文4年(1664年) 先番中押負 本因坊道悦
寛文5年(1665年) 先番1目勝 本因坊道悦
寛文6年(1666年) 先番ジゴ 本因坊道悦
寛文7年(1667年) 先番4目負 本因坊道悦
寛文8年(1668年) 白番10目負 本因坊道策
寛文9年(1669年) 白番13目負 本因坊道策
寛文10年(1670年) 先番9目負 本因坊道策
寛文11年(1671年) 不明 本因坊道策
寛文12年(1672年) 先番10目負 本因坊道策
延宝元年(1674年) 白番12目負 本因坊道策
延宝2年(1675年) 先番6目負 本因坊道策
延宝3年(1676年) 先番16目負 本因坊道策
延宝4年(1677年) 先番10目負 本因坊道策
延宝7年(1680年) 先番3目負 本因坊道策
天和2年(1683年) 先番15目負 本因坊道策
天和3年(1684年) 白番13目負 井上道砂因碩

「天元の局」寛文10年10月17日(1670年11月29日) 安井算哲(先番) - 本因坊道策

Dosaku-santetsu-16701017-1-22.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/3/39/Dosaku-san...
(22手目まで)244手完、白9目勝


数学
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E5%AD%A6
数学(すうがく、希: μαθηματικά, 羅: mathematica, 英: mathematics)は、量(数)[1]、構造[2]、空間[1]、変化[3][4][5]について研究する学問である。数学の範囲と定義については、数学者や哲学者の間で様々な見解がある

数学の最も普通の定義としては、「数および図形についての学問」というものがある[8]。しかし、19世紀のヨーロッパで集合論が提起されてからは、「数学とは何か」ということが問い直されるようになっており(数学基礎論)、数学の対象、方法、文化史的な価値などについて研究する数理哲学まで生まれている。よって、現代的な意味では数学はもはや「数および図形についての学問」といった単純な定義で済ませておけない状態にある[8]。

上記のありきたりな定義の延長で言うならば、とりあえずは「数学は、量、構造、変化、空間といったものを対象として、いくつかの仮定から始めて、決められた演繹的推論を進めることで得られる体系を研究する学問」などとも言えるかもしれない[独自研究?]。数学とは、狭義には伝統的な数論や幾何学などの分野における研究とその成果の総称として、またそれらの成果を肯定的に内包する公理と推論からなる論理と理論の体系を指して言うものである。また広義には、超数学(メタ数学)などと呼ばれる枠組みに従って、公理と推論規則が定められた体系一般を指す。現代的な数学においては、公理的に定義される抽象的な構造を、数理論理学を共通の枠組みとして用いて探究する。

数学は、西欧の学問分類では一般に「形式科学」に分類され、自然科学とははっきり区別されている。方法論の如何によらず最終的には、数学としての成果というものは他の自然科学のように実験や観察によるものであってはならない。

数学、特に伝統的な純粋数学では数学研究が自己目的化されており、数学への内的な興味のために研究がなされる。このような数学ではいかに本質的な概念なり定理なりを得て、体系的な数学を構築するかが重要視されており、数学的対象を記述するのに適した概念や空間を定義したり、数学的事象をうまく表現した定理を得たりすることが数学者の主な仕事である。一方で、美的な理由からそれぞれの分野での研究をしている数学者もいる。彼らは対称性や直観性などその独特の審美眼を以て、数学を芸術に近しいものとみなしているのである。この分野については数学の哲学、数学的な美に詳しい。

伝統的な数学分野で研究される対象は物理現象と深い関わりを持つものが多い。一方、応用分野では数理モデルという形で、例えば計算機や言語などといったものを対象とした研究が行われる。もちろん、数理モデルにおける演繹から得られる成果と実際との間に幾分かのずれを生じることもあるが、そのずれの評価とモデルの実用性・実効性については多くは数学の外の話である。また、数学とパズルの類似性が指摘される事があるが、数学が本質性や体系性を重要視することに照らせば、パズルはむしろ奇をてらい非体系的である。こうした研究姿勢がしばしば様々な数学の諸分野を統一するような概念へと導いたり、他分野の学問の発展に貢献したりすることに繋がる。
歴史
詳細は「数学史」を参照
研究
Question book-4.svg この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年4月)

数学の起源は人類が農耕を始めたこととの関連が大きい。農作物の分配管理や商取引のための計算、農地管理のための測量、そして農作業の時期を知る暦法のための天文現象の周期性の解明などである。これら三つの必要性は、そのまま数学の大きな三つの区分、構造、空間、変化のそれぞれの研究に大体対応しているといえよう。この時点では、例えば土木工事などの経験から辺の比が 3 : 4 : 5である三角形が直角三角形になることは知られていても、一般に直角三角形の辺の長さの比が c2 = a2 + b2 (c, b, a は辺の長さ)になること(ピタゴラスの定理または三平方の定理)は知られていなかった。数学が独立した学問でなく純粋な実用数学であった時代には、あたかも自然科学におけるデータのようにこれらの関係を扱い、例を多数挙げることで正しさを主張するといった手法でもさして問題視されなかった。しかし数は無限に存在するため、沢山の数を調べても完全に証明することはできない。数学が一つの学問として研究されるようになって以降は、論理を用いて真偽を判定する「数学的証明」が発達した。現代の数学では証明は非常に重視されている。

現代における純粋数学の研究は主に代数学、幾何学、解析学の三分野に大別される。また、これらの数学を記述するのに必要な道具を与える論理を研究する学問を数学基礎論という。

基礎付け
数学の基礎を明確にすること、あるいは数学そのものを研究することのために、集合論や数理論理学そしてモデル理論は発展してきた。フランスの数学者グループであるニコラ・ブルバキは、集合論による数学の基礎付けを行い、その巨大な体系を『数学原論』として著した。彼らのスタイルはブルバキ主義とよばれ、現代数学の発展に大きな影響をあたえた。個々の対象の持つ性質を中心とする研究方法である集合論とは別の体系として、対象同士の関係性が作るシステムに主眼を置くことにより対象を研究する方法として圏と関手の理論がある。これはシステムという具体性からコンピュータネットワークなどに応用される一方で、極めて高い抽象性を持つ議論を経て極めて具体的な結果を得るようなアブストラクト・ナンセンスなどと呼ばれる形式性も持ち合わせている。
構造
数や関数、図形の中の点などの数学的対象の間に成り立つさまざまな関係を形式化・公理化して調べるという立場がダフィット・ヒルベルトやニコラ・ブルバキによって追求された。数の大小関係や演算、点の近さ遠さなどの関係がそれぞれ順序構造や群の構造、位相構造などの概念として公理化され、その帰結が研究される。特に、様々な代数的構造の性質を研究する抽象代数学は20世紀に大きく発展した。現代数学で取り扱われる構造は上のような基本的な構造にとどまらず、異なった種類の構造を併せて考える位相線型空間や双曲群などさまざまなものがある。
空間
空間の研究は幾何学と共に始まる。初めは、それは身近な三次元におけるユークリッド幾何学や三角法であるが、後にはやはり、一般相対性理論で中心的な役割を演ずる非ユークリッド幾何学に一般化される。長い間未解決だった定規とコンパスによる作図の問題は、最終的にガロア理論によって決着が付いた。現代的な分野である微分幾何学や代数幾何学は幾何学を異なる方向に発展させた:微分幾何学では、座標系や滑らかさ、それに向きの概念が強調されるが、一方で代数幾何学では、代数方程式の解となるような集合を幾何学的な対象とする。集合は数学の基礎を成す重要な概念であるが、幾何学的な側面を強調する場合、集合を空間と言い、その集合の元を点と呼ぶ。群論では対称性という概念を抽象的に研究し、空間と代数構造の研究の間に関連を与える。位相幾何学は連続という概念に着目することで、空間と変化の双方の研究に関係する。
解析
測る量についての変化を理解し、記述することは自然科学の共通の主題であり、微積分学はまさにそのための最も有用な道具として発展してきた。変化する量を記述するのに使われる中心的な道具は関数である。多くの問題は、とても自然に量とその変化の割合との関係になり、そのような問題を解くための手法は微分方程式の分野で研究される。連続的な量を表すのに使われる数が実数であり、実数の性質や実数に値をとる関数の性質の詳しい研究は実解析として知られる。いくつかの理由から、複素数に拡張する方が便利であり、それは複素解析において研究される。関数解析学は関数空間(関数の集合に位相構造を持たせたもの)が興味の中心であり、この分野は量子力学やその他多くの学問の基盤となっている。自然の多くの現象は力学系によって記述され、カオス理論では、多くの系が決定可能であるにもかかわらず予測不可能な現れ方をする、という事実を扱う。
計算機
人類がコンピュータを最初に思いついたとき(それは実際に作られるより遥かに前のことだが)、いくつかの重要な理論的概念は数学者によってかたち作られ、計算可能性理論、計算複雑性理論、情報理論、そしてアルゴリズム情報理論の分野に発展した。これらの問題の内の多くは計算機科学において研究されている。離散数学は計算機科学において有用な数学の分野の総称である。数値解析は、丸め誤差を考慮に入れて、幅広い数学の問題について効率的にコンピュータの上で数値解を求める方法を研究する。また最近[いつ?]では、計算機科学を駆使して自然科学上の問題を解決する計算科学が急速に発展している。
統計
応用数学において、重要な分野に統計学が挙げられる。統計学はランダムな現象の記述や解析や予測を可能にし、全ての科学において、利用されている。統計学は隣接する分野である確率論とは違って実際の統計データを扱うこともあることから、「確率論までは数学だが統計学は違う」という考えを持っている人もいる。[誰?]

分野
Edit-find-replace.svg この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2016年10月)

以下の分野や項目の一覧は、数学に対する一つの有機的な見方を反映している。

便宜上の分類

代数学
幾何学
解析学
集合論
情報科学
確率論
統計学
論理学


数--自然数--整数--偶数--奇数--小数--分数--素数--有理数--無理数--実数--複素数--四元数--八元数--十六元数--超実数--順序数--濃度--p進数--巨大数--整数列--数学定数--数の名称--無限
変化
算術--微積分学--ベクトル解析--解析学--微分方程式--力学系--カオス理論--関数一覧
構造
抽象代数学--数論--代数幾何学--群論--モノイド--解析学--位相幾何学--線型代数学--グラフ理論--圏論
空間
解析幾何学--位相幾何学--幾何学--三角法--代数幾何学--微分幾何学--線型代数学--フラクタル幾何--図形--図形の一覧--ベクトル解析
有限数学
組合せ論--素朴集合論--確率論--統計学--計算理論--離散数学--暗号法--暗号理論--グラフ理論
数理科学
計算科学--数値解析--確率論--逆問題--数理物理学--数理経済学--ゲーム理論[9]--数理生物学--数理心理学--保険数理--数理工学
有名な定理と予想
フェルマーの最終定理--リーマン予想--連続体仮説--P≠NP予想--ゴールドバッハの予想--双子素数の予想--ゲーデルの不完全性定理--ポアンカレ予想--カントールの対角線論法--ピタゴラスの定理--中心極限定理--微積分学の基本定理--代数学の基本定理--四色定理--ツォルンの補題--オイラーの等式--コラッツの予想--合同数の問題--バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想--ヒルベルトの23の問題
基礎と方法
数理哲学--数学的直観主義--数学的構成主義--数学基礎論--集合論--数理論理学--モデル理論--圏と関手の理論--数学的証明--数学記号の表--逆数学
数学の歴史と世界における発展
数学の歴史--ユークリッド原論--和算--インドの数学--中国の数学・中国の剰余定理--アラビア数学--数学年表--数学者--フィールズ賞--アーベル賞--国際数学連合--数学の競技

数学に関する賞

フィールズ賞(国際数学連合)
ネヴァンリンナ賞(国際数学連合)
ガウス賞(国際数学連合)
アーベル賞(アーベル記念基金)
春季賞(日本数学会)
ヴェブレン賞(アメリカ数学会)
フランク・ネルソン・コール賞(アメリカ数学会)
ヨーロッパ数学会賞(ヨーロッパ数学会)
ウルフ賞数学部門(ウルフ財団)

「ノーベル数学賞」は存在しない。


0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する