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2020年09月17日14:59

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ペイン アンド グローリー / アルモドバル

ペドロ・アルモドバル(1949- )の作品は随分たくさん観てきた。
悩まずに作っていた頃の作品には震えるような天稟の才を感じたが、『ボルベール(帰郷)』(2006)辺りから彼はスランプに陥り、その後益々深みにはまっていった感がある。
新作が出ても、その評価は、いつも映像のヴィヴィッドな配色だったり、周囲に配置する美術品の冴えだったり、甘美な音楽だったりし続けた。
が、久し振りに今回の『ペイン アンド グローリー』は良かった。
センチメンタルは相変わらずだが、自分を、または自分の作品を対象化する方法も見出したようだ。

今回の作品は半自伝と言われているが、私小説とは異なり、自分に降りかかった過去の出来事の全てをそのまま舐め直すという嗜好とは異なるらしい。
己の傷の味程甘いものはない、それが私小説の罠だ。
自伝要素は心身の内奥的な側面であって、1つ1つの出来事のはフィクションだと本人は言っている。

物語は3つの時代が錯綜する。
1つは1960年代、主人公サルバドールが10歳前後の少年時代。フランコによる独裁時代とも重なる。
2つめは1980年代、30歳代、アルモドバルの初期作品が地域的な評価を得るようになった頃。フランコが没し、スペインに民主化が訪れた。
3つめは現代、彼も70歳になった。
サルバトールは映画監督、様々な栄光(グローリー)を手にしてきたが、今、肉体は複数の病を抱え、最愛の母の死もあって、心鬱々と家に閉じ籠もり、殆ど引退状態にあった。

そこへ、シネマテークが32年前の作品を採りあげ、再上映する事となり、話題となった。しかし、サルバドールの心は一向に悦ばない。
その作品で主人公役をやったアルベルトと彼は、演技方法の基本において対立し、長く絶縁状態になっていた。が、再会してみようという気になり、出かけて行った。

アルベルトはサルバドールの突然の来訪を驚き、過去の因縁から会うのを拒否するが、時間が2人の心を氷解させる。
サルバドールはアルベルトのヘロインを貰い、しばし体の痛みを忘れる。

サルバドールは、若く美しかった母との幸せな暮しを夢に見た。
家は、だらしのない父に代わって、母が切り盛りした。
サルバトールの中では、父の記憶はぼやけて印象が薄い。母は女神でもあり父でもあった。
彼の夢は映画の中で切れ切れになり、あちこちでつながったり、また千切れたりする。

今度はアルベルトがサルバドールの家を訪ねた。
アルベルトも最近は仕事のオファーがなく、シネマテークの話題を頼りにしているが、サルバドールは興味を示さない。
またヘロインを貰ってまどろんでいる時、アルベルトは、彼のパソコンから1つの文章を拾い読みし、感動する。これを一人芝居としてやらせてくれと申し出る。
これは脚本ではないし、過去を忘れるために書いたのであって、人の目に触れさせるつもりはないとサルバドールは拒否する。
しかし、アルベルトの懇願に負け、サルバドールの名前は一切出さないという前提で認める事となる。

その文章は、1980年代、ある男との愛と悲しい別れを一人称で描いたものだった。
アルベルトは、小劇場で、何も映らぬ白いスクリーンのみを小道具にし、情感豊かに演じた。
この一人芝居を偶然その男が観る事になる。
彼フェデリコは南米に移住して家庭を持っていたが、たまたま所用でスペインに帰ってきていたのだ。
脚本にも演出にもサルバドールのクレジットはないが、フェデリコはすぐにそれが自分と彼の物語だと分かった。
フェデリコは、その夜、サルバドールに電話をする。

母は、貧しい洞窟の家を改装しようと、若い肉体労務者を雇い入れた。
費用は、息子が読み書きのできない労務者に文字を教える事で代えると話しをつけた。
1960年代のスペインには、読み書きのできない低所得層が大勢いた。
労務者は壁を白く塗り、美しい色のタイルをはめ、サルバドール少年は、時間の合間にABCから彼を教えた。
若い労務者は、文字を習えてもらえる事を喜んだ。
年齢の逆転した師弟関係である。

サルバドールは神学校で成績が良く、また美しい声で合唱のソロを歌った。
ある日、若い労務者は、サルバドールの姿をスケッチしたいと言いだした。
洞窟の天窓から差し込む陽の中、サルバドールは椅子に座って本を読む恰好でモデルになった。
スケッチは出来上がり、彼はそれを持って帰って水彩で色を付けると言った。
そして、壁の塗料で汚れた彼は、水浴びさせてくれと申し出る。
水を被った彼の裸身は、天窓からの光で輝いて見えた。
サルバドールは頭がくらくらして倒れた。
それが、彼の性癖の目覚めとなったのだ。
何とも言えぬ甘美なエピソードである。

フェデリコは電話した夜の内にサルバドールの家にやってきた。
数十年の月日は痛みを甘美にし、懐かしい話は止まらなかった。情愛は心に甦ったが、フェデリコは帰って行った。

ある日、名もなき作家達の小展覧会で、サルバドールは、偶然、少年時代の自分を描いた絵を見つける。
彩色されてはいるが未完成、だが、これはあの若い労務者が描いたものに違いない。
作者の行方は分からなかったが、紙の裏には、自分に向けた手紙が書かれていた。少年のサルバドールが教えた、幼さの残る文字だった。

こうして、時と伴に、亡くした多くのものの痛み(ペイン)は姿を変え、サルバトールの孤独は癒えていくようだった。
ヘロインを止め、肉体の痛みも手術をする決心をする。
サルバドールは、もう一度映画を作ってみたいと思う。

引っ越しの旅の途中、少年のサルバトールと美しい母、それは映画の半ばにあったシーンの続きだが、画面の外から男の声がかかる。
カットナンバーが書かれたカチンコを持った女性が、彼等の前に現れ、…はい、カット。

ベタベタなセンチメンタルが多いが、必ずしもそれが悪い訳ではない。
母との愛も、男との愛も、ハナから成就は不可能だ。
何処迄いっても成就できない愛は、感傷に満ちている。
アルモドバルは、その感傷に浸りつつも、第三者化する手立てを見出したようだ。


監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
撮影監督 ホセ・ルイス・アルカイネ
編集 テレサ・フォント
音楽 アルベルト・イグレシアス

出演 アントニオ・バンデラス,アシエル・エチュアンディア,レオナルド・スバラーリャ,ぺネロペ・クルス,フエリタ・セラーノ,アシエル・フローレンス,セザール・ヴィセンテ,ノラ・ナバス 他

受賞 カンヌ国際映画祭主演男優賞 他

2019年/スペイン
 
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