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2020年03月28日18:03

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映画 『風の電話』 諏訪敦彦

3/26(木)、シネマe〜ra浜松で『風の電話』を観る。
諏訪敦彦が18年振りに日本で撮影した映画だ。

東日本大震災で家族を一度に亡くしたハル(9歳)は広島県呉市にいた叔母の家に身を寄せる事となる。
8年の歳月が過ぎ、高校2年生になったハルがある日家に帰ると、叔母が倒れていた。救急で運ばれた叔母は何とか息をしていたが、意識はない。
呉の山手地域は2018年の集中豪雨で大きな被害を受けた。
今も道路や住宅にはその爪痕が残る。
ハルは呆然自失の状態で歩くうちに見知らぬ土地に入り込んでいた。
どうして自分だけこうした目に遭うのか、また私は1人きりになってしまうのか、人目のない中、思い切り叫び、泣いた。
そして倒れて、気を失った。
そこに軽トラックで通りかかった男が彼女を見つけるが、ハルの口からは言葉が出て来ない。
やむを得ず、男は自分の家にハルを連れていき、食事をさせる。
男の家には老いた母が1人、痴呆を患っていて、ハルを原爆で失った娘(?)と間違え、帰ってきたのかと喜ぶ。
男に何処から来たのかと問われ、ハルの口から出た言葉は生れ育った岩手県の「大槌」だけだった。
男は、ハルを駅迄送り、穫れた果物と少しばかりのお金を持たせた。
ハルは来た電車に飛び乗ってしまった。

こうして、ハルの広島から岩手への長い旅が始まった。

諏訪の撮影手法は、しっかりした台本は俳優に渡さず、毎朝、大雑把なシナリオだけ提供し、セリフ等は彼等の即興に任せる。そうした言葉が出てくる迄、諏訪は俳優と話し合い、また、土地土地の人と交わる等して、感情の熟成を待つ。諏訪の映画がドキュメンタリーなタッチになるのは、そうした彼の独特な手法から来ているのだろう。

ハルが途中で出会うのは、親切な人達ばかりではない。
3〜4人の若者達に絡まれて困惑するハル。
たまたま通りかかって彼女を助けた男は、車に乗せて逃げてくれた。
この男は、福島県生まれで、元は東京電力福島第一原発に勤めていた。やはり家族を失い、居場所をなくし、世話になった外国人を探して車上生活をしていた。
ハルは、旅の途上で、このように、多くの人が、戦争で、災害で、民族問題で、大事な誰かを失っている事を感じ取る。

男は、ハルと話すうち、福島の自分の家に戻ってみようと思うようになった。
家は建てたばかりだったらしく、庭こそ茫々だが、しっかりしていた。家の中に入ると、時間が急に止まったような生活の痕跡がそこかしこにあった。
雨戸を開けると、庭から明るい光が入ってきた。
そこへ「ただいま」と言って帰ってくる幼稚園の制服の男の子がいる。
庭ではホースで水撒きをしている女性がいる。
ハルは男の子とボール遊びをする。
膨らんだボールは、子供の歓声と伴に跳ね、2人の間を行ったり来たりする。
ボールはいつか逸れて、庭の奥に転がっていってしまう。
ハルが取りに行くと、ボールは萎んで、黒く汚れていた。
振り返ると、誰もいない。
これはハルの見た幻か、男の脳裡の記憶か。

男はハルを大槌町迄送ってくれる事になった。

大槌に入ると、新築の家もちらほらと見える。
ハルは、ここからは歩いていきたいと、男に言う。
彼女は、とある店の駐車場で、母と同じ歳恰好の女性に会う。
女性はしばらく分からずにいるが、ハルが名のり、「〇〇ちゃんと仲良しだった」と言うと、ようやく理解したようだった。自分の娘も、8年経てば、今目の前にいるハルと同じ程に成長している筈だが、記憶の中ではまだ小学生のままだ。
ハルは、3月11日、〇〇ちゃんと手をつないで逃げたが、ある所で2人の手は離れてしまった。それを今も悔やんでいる。
女性は、ハルの体を震えながら抱いて8年の時間をその手に刻んだ。

ハルは、遂に、自分の家の跡に行き着いた。
そこはコンクリートの土台が残っているだけで、間には雨水が溜まっていた。
ただいまと言ったが、風で言葉は吹き飛ばされてしまう。
温かかった家族の気配は、何処からも感じられない。
ぱっくりと開いたハルの胸の傷は痛む。

復旧したらしき電車の真新しい小さなホームで、少年がおずおずとハルに声をかけた、
「波板海岸はこれに乗ればいいんでしょうか?」。
大丈夫だと答え、しばらくして少年に問い返すと、
「風の電話」があるというので行ってみたいのだと、地図の切れ端をハルに見せる。
そして、彼は、その電話で死んでしまったお父さんと話したいのだと言う。
ハルは一緒に行ってもいいかと尋ねた。

「天国につながる電話」の話は、当時マスコミで取り上げられた事もあるらしい。
佐々木格(1945- )という当地在住のガーデンデザイナーが、震災のあと、自分の庭を造り直し、死別した従兄弟ともう一度話したいという思いで、そこに譲り受けた電話ボックスを設置した。勿論、線はつながっていないから、電話機としては機能していない。
その庭は随分不便な所にあるし、市街地は焼けて廃墟となっていたけれども、それでも、大震災以降3万人もの人がここを訪れて、大切な誰かと電話で話をしたとの事だ。

ハルは、少年のあとに電話ボックスに入り、家の跡で果たせなかった思いの丈を家族それぞれと長話をした。
そうして、自分がつながっているという確信、見守ってもらっているという確信を得て、泣きながらも生きていくと誓った。いつかハルもみんなに会いに行くよ、でもその時、ハルは一番のおばあさんになっているかもしれないけどね、と。

人は、誰かとつながっていると信じられないまま生き抜く事は簡単でない。


監督・脚本 諏訪敦彦
脚本 狗飼恭子
撮影 灰原隆裕
美術 林チナ
編集 佐藤崇
音楽 世武裕子

出演
ハル モトーラ世理奈
男1 三浦友和
男2 西島秀俊
他 西田敏行,渡辺真起子,山本未來,等

2020年/日本
 
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