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2020年08月03日16:16

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【大相撲】卑劣な手で優勝を奪われたあの日

■元大関・照ノ富士が復活優勝 幕尻Vは史上3人目の快挙
(朝日新聞デジタル - 08月02日 17:50)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6180215


まさか、戻ってこられるとはね。

両膝の故障、糖尿病。
次世代を担うはずだった大関は下り専用エレベーターに乗って、
実質最下層の序二段まで下がり、
そこからまた頂点に戻ってきた。

身体が治れば、病気が良くなれば。
しかし、糖尿病で廃業した力士は数しれず。
糖尿病を抱えての力士生活は、太ることも強くなることの世界で、
どれだけ無理があることかと。
何より、力が出ないと皆いう。

隆の里のように、糖尿病を克服して横綱になった人もいるから、
絶対に無理という話ではないけれど、
その前に、たって歩くのも問題があるような膝では、
再起は難しいと思われた。

それが、膝はともかく、
糖尿病と折り合いをつけて、
今度は上りエレベーターに乗り込んでのスピード昇進、幕の内最高優勝。
本当によくやったと思う。

優勝を決めた一五日目の取り組みは、
曲者御嶽海に相撲をさせない、パワーでの圧勝。
立ち会いの当たりは勝ったけど、
上手を狙う照ノ富士に対し両差から中に入って優位にたとうする御嶽海。
しかし、外四つ両上手を引いての引きつけで動きを完全に封じ、
そのまま理詰めの寄り切り。

圧勝!

優勝力士にふさわしい強さがあった。


    手(パー)   手(チョキ)   ブタ   雪


それにしても、勝昭と秀平はマジで嫌いだ。

あの場所で、
「照ノ富士の変化について人種差別的暴言を吐きまくった」勝昭は、
なんでしゃあしゃあと解説席にいるんだろう?
秀平、お前もだよ!日和見腰巾着!

今回の照ノ富士の優勝も、最後には渋々賛辞を送ったものの、
基本的には、
「幕尻優勝なんかさせてはいけない」
「照強の援護射撃とかずるいよね」
「当たっている力士が違うんだから、同じ扱いというのはどうなの?」
と、過去の大相撲を根底から覆すような暴言を憎々しげに吐き続けた挙げ句、
「負けている上位が悪い」のではなく、

  「下の方で小狡くたちまわりやがって」
   (本来、お前なんか優勝じゃねーんだよ!)
   (モンゴル人に相撲はわからない)

「あ〜嫌なものを見た」というのがありありな態度だった。

    手(グー)   衝撃   パンチむかっ(怒り)


あの日。

日本中が、「稀勢の里、奇跡の逆転優勝!」というイカサマに感動した日。
本来、優勝するべきだった、勝ち名乗りを受けるべきだった照ノ富士は、
ただ淡々と、誰一人不正に抗議しない虚無感の中で、
潔く、身を引いた。

そこからは、ただただ落ちるだけ。
気力がなくなったのだろうな、
結局「日本人は総出でモンゴル人に卑怯なことをした」わけだから。

すぐに、廃業を申し出たらしい。
しかし、伊勢ヶ濱は止めた。

「辞めるのはいつでもできる。まず病気をちゃんと治そう。
 その上で、もう相撲は取れないと思ったら、そこで辞めればいい」

伊勢ケ浜は、実際、弟子には人望があると思うのだが、他所と同じかね?
横綱経験者であり実績で言えば、
伊勢ヶ浜が理事長になるべきだとずっと思っていたのだが、
キ○ガイ貴乃花が陰謀を仕掛けたせいで、理事長は遠くなってしまった。

その貴乃花は協会を去り、
反則で優勝を手に入れた稀勢の里は、
そのせいなのかあとは横綱としての不名誉な記録を作りまくって、
何もできずに引退した。


ただ一人、照ノ富士が帰ってきた。

理事として復活した伊勢ヶ浜が、弟子に優勝旗を渡したとき、
「あのとき」にやり残したことが、一気に達成された。













◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
元大関・照ノ富士が復活優勝 幕尻Vは史上3人目の快挙 325
2020年08月02日 17:50 朝日新聞デジタル


 大相撲7月場所(東京・国技館)千秋楽の2日、東前頭17枚目の照ノ富士(28)=本名ガントルガ・ガンエルデネ、モンゴル出身、伊勢ケ浜部屋=が2015年夏場所以来2度目の優勝を果たした。単独首位で臨んだこの日、関脇御嶽海に勝って13勝2敗とした。

 照ノ富士は今場所、2年半ぶりに幕内に戻ったばかり。幕内で番付が一番下の幕尻の優勝は00年春場所の貴闘力、今年初場所の徳勝龍に続き3人目の快挙。30場所ぶりの優勝は、元関脇琴錦の43場所に次ぐブランクとなった。大関経験者が関脇以下で優勝するのは、1976年秋場所の魁傑以来、昭和以降2人目。

 もともとはスピード出世で名をはせた大器。初土俵から25場所での幕内初優勝は年6場所制となった1958年以降で貴花田(後の横綱貴乃花)、朝青龍の24場所に次ぐ速さで、新入幕から8場所での大関昇進は同3位の速さだった。

 しかし両ひざのけがや糖尿病などの内臓疾患が原因で休場を繰り返し、昨年春場所、大関経験者では初めて序二段で相撲を取った。
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