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2019年10月02日01:16

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矢掛町

旧矢掛脇本陣高草家住宅。

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「高草家の祖は因幡国(鳥取県)の守護山名氏と伝えられており、戦国時代に同国高草郡 鹿野城から戦乱を逃れて矢掛の七日市に住したのがはじまりとされている。屋号を東平田屋といい、宝暦8(1758)年に現在地に居を構え、代々金融業を営んで 財をなした。寛政10年頃から庭瀬藩の掛屋(会計方)を務め、さらに文化2年頃より藩の札場元方 (札元)として藩札の発行にあたると共に、文化13年から20年にわたって矢掛村庄屋 を務めた。天保6年には小田郡の大庄屋となり「大高草」とよばれた旧家である。屋敷地は約600坪(約2,000屐砲如∨椰悗房,圧模である。現在の屋敷は当初の敷地を暫次左右に買い増し敷地の増大と共に家屋を建て増したものである。間口17間(約33m)で、街道に面して東から松陰楼(蔵座敷)、表門(薬医門)、 表屋、家老門とならび、表門は旧庭瀬藩の矢掛陣屋(矢掛町西三成)の門を明治6年 に移築したものである。表屋、主屋は天保14(1843)年から弘化2(1845)年にかけて建替えられた入母屋造 本瓦葺の大きな建物で、前半を店部分とし、後半を住宅として使用していた。間取りは中央部分に通り土間を設け、左右に部屋を配している。とくに表屋の南面格子は格調高い美しさをかもし出している。敷地内の他、内倉、大倉、中倉、門倉、米倉、供部屋が建ち並び、周囲は塀、長塀で 囲まれている。建物の意匠は全体に明るく落ち着きがあり、備中南部の民家の特色がみられ、山陽道 における脇本陣の屋敷構えの全貌を伝えるうえできわめて貴重といわれている。」(案内板より)

土日しか開館してないので、この日は祝日とはいえ、月曜日なのでお休みです。

細い路地です。

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高草酒店。

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渡辺製麺所。

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テンペ料理 発酵亭。

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「【矢掛家具センター】戦後(開業昭和39年) 明治時代に興譲館を開いた板谷朗慮の弟子の画家・渡辺薇山の家。
その後渡辺は東京へ出て一高の教授となった。大正9年、この裏の若葉荘のあった所に、当時の矢中の校長平賀春郊の友人、若山牧水が逗留している。昭和39年には家具屋となり、20年ほど前からインドネシア由来の大豆の発酵食品「テンペ」を使ったコロッケを店先で製造、販売。これが大いに受けて今では矢掛の名物になっている。」(案内板より)

テンペコロッケにひかれて、買っちゃいましたよ。

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食べた感じは、普通のポテトコロッケだけど、テンペの粒粒食感があります。
揚げたては、ほくほく。美味しかったです。





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