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2019年08月23日23:24

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「円通寺」倉敷玉島ぶらぶら

青銅露座地蔵菩薩坐像があります。

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倉敷市指定文化財になっています。

案内板に「・・往時霊験あらたかなる伝説がある。」書かれていましたが、
玉島円通寺案内ガイドのHPを見ると、
「金仏様(かなぶつさま)。  ある年のこと江戸に大火があり、大混乱のまっただなかで、高張(たかはり)ちょうちんを高くかかげて消防に奮闘する一団があった。そのはたらきのめざましさにうたれ、また、見るとちょうちんには備中円通寺と書かれてあったので、人々は二度びっくりした。 この大火の夜、円通寺の住職は夜中にとび起きて「早く金仏様に水をかけろ。」と大声で命じた。雲水たちがおどろいて、水を汲んで行くと、不思議なことがあるもの、金仏様はまっかに焼けていて、水はしゅんしゅんとわきあがった。 それからしばらくたって江戸の人がはるばる消火のお礼のために円通寺までやってきた。寺ではそんなはずはないと思ったが、わけを聞いて金仏様のごりやくであるとがてんしたのであった。」という伝説があるようです。

石庭です。

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「円通寺の石庭は自然の石の配置を最大限に活用し、ほとんど人工を加えないところに特色がある。」(玉島円通寺案内ガイドのHPより)

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手水場があります。

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白雲関です。座禅道場だそうです。

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良寛堂です。 良寛堂は、円通寺で修行する僧の衆寮だったそうです。

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本堂です。

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かやぶきの屋根が、いい雰囲気ですね。

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鐘楼があります。

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「元禄11年夏4月、徳翁良高和尚円通庵を建立。二世雄禅良英和尚の代に円通寺と改む。三世蔵山良機和尚の代に第111代後西天皇の皇女宝鏡寺門跡紫景愛尼公の筆になる「円通寺」の寺号額を賜わり、現在も本殿正面入口に掲げられてある。以後高僧が相い継ぎ現在に至っている。なかでも九世鉄文道樹、良寛の師十世大忍国仙、永平寺五十世となり正法眼蔵の刊行を完成した十一世玄透即中など有名である。またこの地は円通寺をふくめて山全体が公園として、瀬戸内海の眺望は素晴しい。」(案内板より)

青年托鉢良寛像。

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円通寺は、良寛和尚が約18年間修行した寺として有名です。

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「【円通寺と良寛】 當山円通寺の十世国仙和尚の弟子になった良寛、今からほぼ二百年前、遠く越後出雲崎から来て、前後二十年間、禅の修行に専念し、再び越後に帰って行った良寛、名主の家から一介の乞食僧に身を捨て、一衣一鉢、生涯かけて真実本然の世界に遊ぼうとした良寛、目に見える差別相の裏に、目に見えない空相を観じ、内外一如、慈悲相を顕現した良寛の面目は、その残した多くの詩や歌や書、逸話に躍如としている。ここに選んだ良寛の歌三首は、簡明にして無技巧、三昧清浄の境涯を歌い上げた、最も良寛らしい代表作である、當山に建立の詩碑、立像、良寛堂、その他の遺跡とともに、良寛を偲ぶよすがにしたい。
    良寛の歌  三首
春山にさくらかざして思ふどち  あそぶこの日はくれずともよし
月は清し風はさやけしいざともに  おどりあかさむ 老のなごりに
かみとて何か残さん春は花  やまほととぎす秋はもみぢば」(案内板より)

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白華山展望休憩所。

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とっても眺めがいいですよ。玉島港を望めます。

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さて、帰りましょ。



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