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2020年01月30日11:52

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1月30日 [雑考]斜交陣onlyだからドーにもならない

 20世紀前半を代表するイギリスの戦略思想家・ベイジル・リデル=ハート(1895〜1970)は、第一次大戦が、「大規模徴兵軍隊の直接衝突による消耗戦争」となってヨーロッパに未曽有の流血の惨禍を生ぜしめ、戦争の敗者だけでなく、勝者にも膨大な犠牲を強いたのは、ひとえに19世紀のプロイセンの軍人、カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780〜1831)が、その『戦争論』(1832)の中でとなえた、戦争で敵を我が意志に屈服させるためには、その抵抗力を完全に消滅させなくてはならず、そのため相互の武力行使は一方の息の根をとめるまで際限なしにエスカレートしていくという「絶対戦争」(「敵の武装解除または殲滅こそ……常に軍事活動の目的でなければならない」)の教義が、1870年の普仏戦争でのプロイセン軍の勝利によって、ヨーロッパの「本質的に一徹で武骨な」軍人たちと、「戦争に無知であるという引け目のため、軍人たちの主張する〈軍事的理由〉の言いなりとなった」政治家たちの間に定着したことにあったとして、クラウゼヴィッツに対する「解毒剤」として、ひたすら軍事力による決戦による勝利という蜃気楼を追い求めるのではなく、戦闘以外の方法によって有利な戦機を醸成しようとする「間接アプローチ」戦略を提唱したことで有名だ。
 ところで、リデルハートは、初期の論稿である『世界史の名将たち』(1927)や『ナポレオンの亡霊 - 戦略の誤用が歴史に与えた影響』(1934)から、その戦略思想の集大成とも言える『戦略論 間接的アプローチ』(1941)まで、ギリシア・ローマ時代からこのかた、ナポレオンの出現以前の軍事史を扱っているのだが、その中で18世紀のプロイセン王・フリードリヒ2世(大王)につけた評点は辛い。
 つねに敵に比し劣勢な兵力によって戦わざるをえなかったフリードリヒは、敵との正面衝突(「直接アプローチ」)を避けて、敵の横隊の前面を斜めに横ぎる機動から、横隊を形成すると欺騙しつつ、その主力部隊を敵の脆弱部位である翼側に指向して迂回させ、局所的に優勢となった兵力を以て打撃を加えるという「斜めの戦闘序列(斜交陣)」によって、ロイテンの会戦(1757年12月5日)などで輝かしい戦勝をあげた。敵の急所を目がけての迅速な「迂回機動」と「兵力集中」は、クラウゼヴィッツと併称される18世紀の戦略思想家、アントワーヌ=アンリ・ジョミニ(1779〜1869)によって定立された戦いの基本原則―「機動によって軍の主力を交戦地域の決戦を企図する地点に集中し、その優勢な集中兵力によって敵の脆弱なあるいは重要な部分を攻撃する」に合致し、さらに機動につづく打撃を「奇襲的に」成功させるために相手の心理的バランスの攪乱(dislocation)を狙った「欺騙」は、リデルハートが「間接アプローチ」の観点から推奨したものである。
 にも拘らず、リデルハートが、将帥としてのフリードリヒを買っていない理由は奈辺にあるのか。その疑問は大正から昭和初期にかけて活躍した日本の陸軍軍人で、軍事学に一家言を持っていた筒井正雄(最終階級・中将/1882〜1933)の『戦史講授録』の一節を読んで氷解した。
 以下、少々長いが引用しよう。

「……大王の会戦指揮に於ける特有なる戦法は単簡且巧妙なる機動を行ひて敵に接近し、其の斜向正面又は梯隊を以て、横隊戦法の弱点たる其の側面を優勢なる兵力を以て攻撃し敵軍を捲繞し、寡兵を以て優勢なる敵に対して勝利を得むとせしものにして、之を斜向戦法と称す。其衝突を行ふものは歩兵にして、大隊砲又は重砲に依りて其の前進を援助せらる。騎兵は敵の騎兵を撃退し、次で敵歩兵を攻撃せむが為、翼に使用せらる……。
……フレデリック大王曰く『一旦敵の側面に対し動作し得たる場合には十万の兵を以て克く三十万の敵を迅速に撃破し得べし』と。蓋し横隊戦法を採れる敵の緩慢なる運動性と其の薄弱なる側面に対しては斯くの如き戦法は大なる奏功を獲得すべきこと明かなり……。
……大王は第二シレジア戦(自一七四四年至一七四五年)と七年戦争(自一七五六年自一七六三年)との間に於て特に平時の機動演習に於て絶えず此戦法を演練して各種の地形及各種の状況に於て之を応用し、其の部下の将官及軍隊をして自由に此戦闘法を応用し、巧妙に実施し得るの域に達せしめ、他日の大戦に対する準備を適切ならしめたり。大王は右の諸演習に於て軍の教育と同時に其の下級指揮官をして包囲攻撃の本領を暸解せしめ、其の後起れる七年戦争に於てはロイテン会戦を除き其の他何れの会戦に於ても縦令地形の困難あるも、又敵が大王に対し適当なる対抗手段を採りし場合に於ても自由に此攻撃法を遂行し得せしめたり。此戦法は当時他の諸国が採用せる横隊戦法に対して必勝を期すべき優勢なる手段にして、是等の諸点を通観すれば大王は統帥上卓越なる将帥なるのみならず、又、彼は不利なる戦況に於ても尚攻撃を断行せり。縦令戦闘に於て勝利を確保すべき形式の消滅して、困難なる状態に陥りしときと雖も、尚必勝を期し雄大なる精神を以て攻撃を断行せり。」(筒井正雄『戦史講授録.第二巻』陸軍大学校将校集会所/大正7年)

 「斜めの戦闘序列」は、縦深の浅い横広の密集隊形を取っているために、正面は堅固であるが、側面に加えられた攻撃に対しては、方向変換を行なおうにも行動が緩慢・鈍重とならざるをえない敵の弱点を効果的に衝く戦法としてはすぐれたものである。しかし、この戦法を金科玉条として、十年一日のごとく繰り返し用いるならば、いかに因循姑息な敵であっても、いいかげん学習して、何らかの対抗手段を講じるだろう(たとえば、翼側の歩兵の戦列を鉤形として側撃に堪えうるようにする、翼側を騎兵に掩護させる、砲火力を集中できるようにする等)。
 リデルハートは「間接アプローチ」のキー(鍵)・コンセプトとして、「心理的には最小予期線を選べ」と教えるが、毎度判で押したように同じ戦法をとっていれば、それは一転して敵が先見し、もっとも警戒を厳重にする「最大予期線」となる。そうなると、そこは「物理的には(敵の)最大抵抗線」となり、成功の確率は低くなる一方で、支払うべきコストは高くなるのが道理となる。
 筒井の評論は、フリードリヒが、たとえ攻勢が首尾よく進捗しないことが明らかとなり、「勝利を確保すべき形式(=斜交陣)」の利が消滅したとしても、これに代わるべき有効な戦策を持ち合わせていなかったことを、はしなくも示唆している。
 リデルハートは、戦争とは敵・味方の二者対抗の事象であり、彼我の間の作用・反作用によって、「理論」(いわゆる机上の計画)と「現実」(実際の戦況)とは、ほとんど常に食い違いが生ずる(「戦いは二者対抗を本質とし、その原則を実戦の用に供し得るには、いかなる場合でもわが計画の破壊を策する敵の能力を勘案しなければならない」)ものであり、そのために敵に勝利するという目的を確実に達成しようとするならば、敵による当初の計画の破壊を予見して、必ずや随時に方針変換できるような「代案計画」を持たねばならない(ナポレオン曰く「一つの目的二つの方法で実施せよ」)と、と説いた。
 フリードリヒ麾下のプロイセン軍は、平時の機動演習から「斜交陣」の演練にうち込み、将兵はこの戦法に精通して、「行軍隊形から戦闘隊形に巧みに移行すること、銃砲火の下にあって確実な動作を行なうこと、命令の完全な実行」ができるほどに「精神的に機械化」されていた(エドワード・ミード・アール編著『新戦略の創始者 マキャベリーからヒトラーまで』)。すなわち、プロイセン軍は「斜交陣」というドクトリン(戦術教義)の強化という点では、徹底した組織学習を行なっていたのである。しかし、このドクトリンに「過剰適応」してしまったことが、「適応は適応能力を締め出す(adaptation precludes adaptability)」という逆説的な現象が生じさせたことは否めない。「斜交陣」という、理論的にはすぐれて「間接アプローチ」的な手法が、それが実戦で不首尾となったときに、それに代わりうる有効なオプションを持たないプロイセン軍は、勢い、難局を克服する信念、すなわち〈勝利への意志力〉に依存して、兵力の経済的使用を度外視したやみくもな「力攻め」という「直接アプローチ」に堕してしまうという危うさをつねに孕むことになったのである。
 クラウゼヴィッツは「フリードリヒ大王の軍隊は運動力に富み、勇気に充ち、指揮官に対する信頼の念が篤く、また深くみずから恃み、そのうえ斜めの戦闘序列をもってする攻撃方式に習熟していた。大王がかかる軍を確実かつ果敢に指揮するならば、防御よりも遥かに攻撃に適すると考えたのは決して空虚な、もしくは誤った見解ではなかった」(『戦争論』第6篇 防御 28」)と評しているが、リデルハートにいわせれば、「フリードリヒの輝かしい勝利は、戦争目的(フリードリヒ曰く「戦勝とは汝の敵にその位置をゆずるの余儀なかにいたらしめることである」)を見失って決戦のみを追求した彼の戦略に破綻の影を投げかけ、かえって彼を没落寸前(七年戦争の後半にはプロイセン軍は消耗しつくした)に追いやってしまった」「余りにも〈術のための術〉に陥った」(『ナポレオンの亡霊』)という見習うべきでない事例であり、「フリードリヒ2世の戦績はすべて輝かしいものであったにもかかわらず、兵力の経済的使用については失敗に終わった」(『戦略論 間接アプローチ戦略』)と総括されるものであった。
 まあ、どんな苦戦におちいろうとも、「貫き抗う言葉は一つ!『だとしても!!』」で奇蹟がポンポンおこるのは『シンフォギア』の世界だけで、現実の戦争では臨機応変に計画を随時修正することができる柔軟さ・計算高さが不可欠ということですな。

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