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2020年09月21日22:10

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Pathetique・・・

亡父のCD棚より。

父がLPを買って,擦り切れるまで聴いたのが多分60年代初頭。
その10数年後に私が聴き,なけなしの小遣い1,300円をはたいて再販されたLPを買い,父同様に擦りきれるまで聴いて,以来これ以上の演奏が存在しないのでは,・・・とまで思った名盤のCD化(多分国内初版)。

交響曲第6番変ロ短調op.74「悲愴」(P.I.チャイコフスキー 1840-93帝政露)。
名匠ジャン・マルティノン(1910-76 仏)の指揮する名門ウィーンフィルによる1958年の録音。
何と私が生まれる以前のステレオ録音初期のものだ。
以前,私が持っている某B○○K○FF(伏せ字になっとらん)で250円で買ったバチモンについて書いたことがあったが,正規版との比較の意味もあって,聴いてみた。
ロシアの作曲家の曲をフランス人が指揮して,オーストリアの団体が演奏という判じ物みたいな組み合わせで,このコンビはこれ以外に録音を残さなかったという奇跡のようなコラボレーションだが,それがまた見事な成果を挙げている。
私は,マルティノンが70年代前半に,フランス国立管弦楽団と録音した硬質にして鮮烈なドビュッシーの管弦楽曲集を持っているが,曖昧模糊とした印象派風のただずまいに満ち,フランス風とも云うべき高雅なエスプリにも溢れた完璧な演奏だった。そのマルティノンが,ハイドン〜モーツァルト以来の伝統を受け継ぐ音楽の都ウィーンの超名門オケを指揮する訳だから,さぞやエレガントにしてブリリアントな演奏になるかと予想された。ところが・・・。
スラブものは,演奏者を熱くする。
興に乗ったのか,とにかく好き放題に,変幻自在に棒を振る。
フレーズの終わりにテンポを落とすことで,次のフレーズ登場をより印象づけるのは指揮の基本であろうが,やり過ぎるとくどくて下品で恣意的になりかねない。
そうならないのが,この両者であった。
テンポルバートが見事に決まり,息をもつかせぬ緊迫感と劇的な展開と迫力,そして噎せ返るような(それでいて決してくどくならない)甘美な歌に満ちた名演となった。
特に第一楽章の展開部,ppppppp→ffffffという部分の痛烈な一撃からの展開は,手に汗握る。
皮の限界をとおに越えたヴィエナティンパニの炸裂,ぶりぶりのトロンボーン,強烈且つ明るく抜けるトランペット,分厚く,それでいてベルベットのように心地良い響きの弦楽合奏,その間隙を縫うように明滅する木管の妙技・・・。
これらが,62年も前の録音とは思われぬほどの高音質で迫ってくる。
当時の英デッカ社のウィーンフィルの録音には定評が有ったが,その中でも白眉とも云うべき名録音と言っても良いと思う。
第二楽章の4/5拍子の不安定なワルツをエレガントにさらりとこなすウィーンフィルもさすがだし,絶望の深淵に曲が消え入るような終曲も表情が粘らず,すっきりした音楽となっているが,物足りなさは全く無い。
そして,この演奏の白眉は,何と言っても見事なテンポ変化がばっちり決まった第三楽章に有る。
八分三連音符4つの12/8拍子だから4拍子系だが,イタリアの民俗舞曲タランテラ(サラタレロとも)と行進曲の融合という,チャイコフスキーのオーケストレーションの篦棒な巧さが発揮された楽曲だが,聴いていてこれ程熱くなる演奏はそうそう無い。
初めて父に聴かされて以来40数年,ムラヴィンスキーもカラヤンもバーンスタインも,勿論アバドに小澤にムーティ,新しいところではゲルギエフも聴いたが,私としてはこのマルティノンの演奏を凌ぐものは見つからなかった・・・。

それにしても,各楽器の位相がくっきりしていて輪郭が鮮明なこの録音の冴えはどうだろう。
僅かに原盤の故障と思われるヒスノイズが入るのが残念では有るが,驚くべき技術である。このCDのリカットは80年代後半だが,今のリマスター技術なら更に良くなるのではないだろうか。
因みに,私の持っているバチモンとの差異は感じられなかった。
バチモンも侮れないということか・・・。
最新リカットのCD有るのかどうか,今からサイトを漁る。


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